With Their Boots.

英国の若手監督達にとって最大の障壁とは何か?(New York Times)

ドイツを中心に若手監督の台頭が目立つ昨今のフットボールシーンですが、プレミアリーグにはなかなか若手の英国人監督が出てきません。"ビッグサム"ことアラダイス監督は外国人指導者こそがチャンスを奪っていると指摘しますが、実際のところはどうでしょうか?という記事をニューヨークタイムズが出していましたので、ざっくり訳しました。なお、記事内に出てくる数字は基本的に2017年11月時点でのものになります。元記事はこちら


2017年10月27日、サム・アラダイスはドーハのテレビスタジオにいた。それはエヴァートンロナルド・クーマン監督を解任した2日後で、レスターがクロード・ピュエルを新監督として迎えた4日後のことだった。

アラダイスは、リチャード・キーとアンディ・グレイというベテランの英国人キャスターが司会を務めるbeINスポーツの番組に出るためにやってきて、英国人監督達が直面しているガラスの天井について議論をした。

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これはまさにアラダイスには打って付けのお題目である。彼は長きにわたって、プレミアリーグは外国からの輸入指導者に目を奪われて国内の指導者を見逃していると言い張ってきたのだ。2010年には当時の職場であるブラックバーンよりもレアル・マドリーマンチェスターユナイテッドを指揮する方が適していると語り、その2年後には違った苗字だったら(英国人じゃなかったら)自分は今ごろチャンピオンズリーグで指揮を執っていただろうと明かした。

 

アラダイスはキーとグレイが彼の主張に同調的な人物だと分かっている。2016年の12月、アラダイスは同じ番組に出演して、プレミアリーグのトップ6クラブはグローバルなアピールをするために“ブランド付きの”外国人監督を呼んでいると主張した。今年10月のアラダイス出演回の数日前にキーは、レスターがピュエルを新監督として迎えたことは英国人指導者にとっての死を告げる鐘の音だとツイートした。

 

熱心な聴衆の前でアラダイスは、彼がこれまで積み上げてきた主張を繰り返した。彼曰く、英国人指導者はイングランドで二流と見られており、もはや行く場所が無いという。

 

プレミアリーグイングランドにあるが、外国人のリーグだ」とアラダイスは結論付けた。

 

この放送の2週間後、アラダイスはきっと喜んだことだろう。レスターは海外志向に倣ったが、ウェストハムは違った。クロアチア人監督のスラヴェン・ビリッチを解任して、スコットランド人のデイビッド・モイーズを新監督に据えたのだ。エヴァートンもその流れに乗る。ドーハでのテレビ出演から数日後、アラダイスはクラブ筆頭株主のファハド・モシリと交渉をしたと報じられた。(その後、エヴァートンアラダイスの監督就任を発表)

 

実際のところ、アラダイスによる英国人指導者への熱意は彼自身にとっての予見的なものとしかマッチしない。2016年12月にキーとグレイの番組に出演した一週間後、アラダイスクリスタルパレスの新監督に就任した。今回の出演から二週間後には、また復職への道のりに入っている。何か機会がありそうなときを察知して、自分を目立たせ、未来の雇用主達に何か重大な課題への解決を迫っているようにも見える。まるで水中からでも血の匂いを嗅ぎつける鮫のようだ。

 

しかし、モイーズの就任やアラダイスの監督復帰は彼ら二人以外の英国人指導者にとっては祝福すべきことでも何でもないというのが現実だ。実際のところ、アラダイスの主張とは全くの逆であろう。表面上は、アラダイスモイーズ以外に英国人指導者の苦境に光を当てられる人材などいない。しかし、その裏側では両者(あるいは彼らと似た立場の監督達)こそが問題の一部である。解決策ではないのだ。

 

イングランドのサッカー界にある四つのディヴィジョンには92のクラブがある。執筆時点では22のクラブが外国人監督を雇っている。ちょうどその半分がプレミアリーグにいて、アーセナルチェルシートッテナムリヴァプールマンチェスターシティ、マンチェスターユナイテッドなどタイトルの獲得が期待されるチームのボスを務めている。

 

外国人監督の人数は年々、じんわりと増加している。「外国人監督はイングランドの将来有望な若手指導者の道を遮っている」という世間に広く認識され、受け入れられている仮説やアラダイスの声と一致しそうだ。

 

しかし、この証明は実際に調べたところとは合致しない。トップ6クラブのうち4クラブは過去10年で一回は英国人監督に率いられた過去がある。アレックス・ファーガソンモイーズはユナイテッドを、ケニー・ダルグリッシュとブレンダン・ロジャーズはリヴァプールを、ハリー・レドナップとティム・シャーウッドはトッテナムを、マーク・ヒューズはシティをそれぞれ指揮していた。

 

チェルシーアーセナルだけが過去10年間で英国人監督にチャンスを与えていなかった。表面上ではあるが、それ以外のプレミアのクラブは監督選考についてはちょっとしたナショナリストになっているということだ。

 

トップ6クラブはどこも自分達をチャンピオンズリーグクラブと思っている。過去にチャンピオンズリーグで戦った経験を持つ人材を監督候補だと信じていることには合点がいく。論理的な帰結として、そういった候補者は国外に多い。

 

真の問題が存在するのはその下だ。プレミアリーグで働く8人(アラダイスが就任すれば9人)の英国人監督の中で、40歳以下なのはボーンマスのエディー・ハウだけだ。50歳以下まで広げても、バーンリーのショーン・ダイチとスウォンジーのポール・クレメント(2017年末に解任)の二人が加わるだけである。

 

残りは54歳(モイーズとヒューズ)から70歳(ホジソン)という範囲に収まる。ここに入る監督達は合計で25のプレミアリーグクラブを率いた経験を持つ。

 

こういった面々を雇うことにメリットは無いと示唆したり、彼らの経験を否定したりするのは厳しいことかもしれない。しかし、失敗が彼らの市場価値を落としていないという点は注目に値する。モイーズエヴァートンで行った約10年に及ぶ仕事は素晴らしいものだったが、彼は最近2年間のホームゲームで5勝しか挙げておらず、マンチェスターユナイテッドレアル・ソシエダからは解任され、サンダーランドを降格させてしまった。ウェストハムは、ファンからの膨大な抗議があったにもかかわらず、サンダーランドが辿った道を避けるために彼を呼んだ。

 

2部チャンピオンシップでも同様の問題が起きている。24クラブのうち7クラブが外国人監督を雇っているが、より言及すべきは17人の英国人監督のうち40歳以下が5人しかいないという点だ。24クラブが参加する3部リーグ1では、40歳以下の英国人監督は6人しかいない。リーグ2では8人が40歳以下で、40歳をちょっと超えた年齢の監督はたくさんいる。しかし、バーネットやイェオヴィル・タウンのような監督経験の浅い人材を雇っているクラブは、より成熟した監督を呼ぶだけの予算を持っていないという点に注目しておくべきだろう。

 

上記3ディヴィジョンには19人の50歳以上の監督がいるが、彼らは合計して103回もクラブの監督職に就いている。カーディフのニール・ウォーノックは実に14回も監督就任の経験がある。

 

つまり、アラダイスの言ったことは正しかったのだ。ガラスの天井は存在する。ただし、それは移民労働者=外国人監督によるものではなく、アラダイスや彼の同類によって作られたものである。若い英国人指導者から希望を奪っているのは外国人監督ではなく、同国出身の年老いた監督たちだ。国内の指導者にはチャンスが与えられていない訳ではなく、チャンスが与えられていない世代が国内に存在するのである。

 

この状況を改善すべく、協会は少なくない時間とリソースをセント・ジョージズパークの指導者養成講座につぎ込んできた。この施設ができた最初の5年間、1300人以上に及ぶ未来の指導者が門を叩いた。

 

しかし、誰一人として監督として成果を挙げられていない。彼らが足を踏み入れた世界は、不毛で、風当りの強い場所だ。それはマンチェスターユナイテッドジョゼ・モウリーニョを雇ったからでも、リヴァプールユルゲン・クロップを招聘したからでもない。その下にいるクラブの監督職が、既にこの業界で十数年の実績を持つ連中によって占領されているからだ。そして、そういう人々はたとえ過去にどれだけ失敗しようとも、常に手を差し伸べられている。

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このように、クラブが持つ想像力の欠如は、英国人指導者が大陸の同業者と比べて非常に限られた能力しか持っていないように感じさせ、英国人監督が常にドイツ、イタリア、スペインのコンセプトやスタイルの後追いになることを保証する。同じような古臭いアイデアを用い、お馴染みの欠陥を突かれて崩壊し、何度も何度も同じことを繰り返す。

 

失敗を経験と誤解してしまう姿勢もまた、英国人の指導論が常に変わらないこと、及びプレミアリーグで最も野心的なクラブを外国人監督ばかりが率いることになった理由を説明してくれる。

 

 

これらの上位クラブは地域密着をしたくない訳ではないのだ。論理的に考えて、そういう選択を取ることは有り得ないのだから。彼らはプレミアリーグの中位・下位(ハウとダイチは除く)からチャンピオンシップまでで行われる試験結果を見ているのだ。しかし、そこにはあるべきはずの未来ではなく、過去しか存在しない。

 

アラダイスが下した結論に間違いはない。英国産の若手指導者に与えられる機会は本当に少ない。しかし、彼の論拠には誤りがある。輸入されてくる指導者によって彼らの道が閉ざされているのではない。立ちはだかっているのはアラダイスや彼に代表されるような人々である。