With Their Boots.

戦術の進化に取り残されつつあるキックオフ(ESPN)

マイケル・コックス氏がESPNプレミアリーグのキックオフについての分析(と言うか観測)記事を寄稿していたので、ざっくり訳しました。なお、記事中に出てくる各指標は2017年11月10日時点のものになっております。元記事はこちら


現代のフットボールは、1980年代に隆盛を誇った安全第一なルートワンプレイ(GKやCBがCFに放り込むような戦術)などの時代から大きく変わった。その代りに、巧みなパスやボール扱いに優れたディフェンダー、入り組んだ連携から敵陣へ侵入しようとするチームなどが主役の時代になったのだ。しかし、現代フットボールの進化における例外が一つ存在する。キックオフだ。

f:id:dodonn_0704:20180208185108j:plain

 

女子サッカーイングランド代表ファラ・ウィリアムスがアーセナル相手に決めたキックオフゴールなどのように、センターサークル内のイノベーションも存在する。しかし、どのカテゴリーにおいてもほとんどのチームは、お馴染みの方法を採用している。

f:id:dodonn_0704:20180207233934g:plain

[レディング・レディースのファラ・ウィリアムス選手が決めたキックオフゴール

 

 

想像する限り最もシンプルな方法は、驚くほど多くのチームが採用している。最初にバックパスを1本入れて、斜めの長いボールを敵陣へ蹴飛ばすというものだ。皆さんが予想している通り、トニー・ピューリスのウェストブロム、ショーン・ダイチのバーンリーなどはこの方法で試合を始めている。しかし、先週末(2017年11月4日、5日に行われた第11節)に行われたプレミアリーグで20チームのキックオフスタイルを分析したところ(前半と後半の始め方のみを見る。失点後のリスタートについては考慮せず。)、驚くべきパターンが分かった。

 

多くのチームはたった一つのシンプルな意図を持っていた。なるべく早くボールを敵陣へ送ること、である。

 

現在のレギュレーションでは、チームは今まで以上に素早くキックオフからのボールを敵陣へ蹴飛ばすことが出来る。昨年までは、キックオフは必ず前にボールを蹴らねばならず、キックオフを行うために二人の選手がボールの周辺に立つ必要があった。そして、一人がもう一人にパスを出し、パスを受けた選手がバックパスをしてからロングボールという手順が多かった。しかし、現在ではボールをすぐに後ろへ送ることが許され、バックパス→ロングボールといった感じで、よりダイレクトな方式を用いることが出来るようになった。

 

先週末のプレミアリーグでは実に半分ものチームが、このシンプルなアプローチを採っていた。多くの場合はバックパスをセンターバックに送り、彼らが敵陣へ蹴飛ばすという形である。ブライトン、スウォンジー、バーンリー、エヴァートンウェストブロム、ストーク、レスター、ウェストハムニューカッスル、そして驚くことにトッテナムもこのやり方だった。これら全てのチームはロングボールを蹴飛ばすことによって、攻撃的な空中戦から試合を始めることを目指しているようだった。

 

こういったアプローチにおいて、ニュアンスの違いは存在する。ウェストブロムは古典的な下部リーグっぽいアプローチを採っており、右サイドに4人を集め、ギャレス・バリーに蹴り込ませるというものだった。マーク・ヒューズのストークははホッケーのチームがショートコーナーを行うときのようなルーティンを備えている。ダレン・フレッチャーがバックパスをトラップしたら、ジョー・アレンに渡し、彼がワイドへの長いボールを蹴るのだ。

 

一方、ウェストハムが見せた、中央への蹴り込みによる後半の始め方は予想しやすいものだった。彼らはアンディ・キャロルを交代選手として投入したばかりで、彼を探すのに時間を浪費することはなかった。恐らく、ハビエル・エルナンデスだけが前線にいたら、違うアプローチを採っていただろう。

 

バーンリーとクロード・ピューエルのレスターにはアマチュアリーグ・ボーナスポイントを進呈したい。彼らが敵陣に蹴り飛ばしたボールはすぐにスローインになってしまったからだ。双方、ボールが単に長過ぎてしまったのだ。レスターがリーグ優勝したシーズンであれば、意図的な戦術と言うこともできただろう。当時の彼らは、相手のスローインに対して岡崎慎司とエンゴロ・カンテが即座にプレッシャーを掛けるという形を採っていた。

 

高い位置からポゼッションを奪還すべくプレッシングを行うことへの熱意が高まっている中で、多くのチームがキックオフ直後にはそういうことを狙わなかったのに驚いた。試合開始直後というのは、選手は最もフレッシュな状態で、相手もまだボールに触れていなくて試しながらのプレイをしているため、敵陣でプレッシャーを掛ける戦術は適当に思える。

 

1本のパスからロングボールを蹴り飛ばした訳ではないが、長くは続かなかったチームが4つある。アーセナルは(バック3の)右CBのローラン・コシェルニーまでボールを動かしてから、チャンネルに向かって通りそうなロングボールを送った。マンチェスターユナイテッドは全く同じことを左CBのフィル・ジョーンズが行っていた。どちらもバック3で試合に臨んでいたという事実から、彼らは角度を変えるという選択肢を持っていることが分かる。ユナイテッドはキックオフ時に二人の選手をボール周辺に立たせるという昔ながらのアプローチを採用した唯一のチームだ。そのうちの一人であるマーカス・ラシュフォードは、実際にはボールに触れることなく、今風に言うならば偽キックオフテイカーという役割になるだろうか。

 

ハダーズフィールドも2本目のパスを敵陣に蹴り込んでいたが、彼らはライトバックに蹴らせていた。驚くことにクリスタルパレスは、ウィルフリード・ザハに浮き球を送るまでに4本ものパスを繋いでいた。

 

ここまで挙がったのは14チーム。したがって、残りの6チームはポゼッションをキープして、しっかりとしたパスから組み立てようとしていたチームである。

 

しかし、そのほとんどは上手くいかなかった。ワトフォードは5本のパスをしっかりとつないだが、中盤でポゼッションを失ってしまった。ボーンマスが繋いだ5本のパスも、有効性においては最も低い。ボールはGKのアスミル・ベゴヴィッチまで戻り、彼がすぐに蹴り上げたボールはニューカッスルジョンジョ・シェルビー目掛けて飛んで行き、ボーンマスはすぐに押し込まれることとなった。チェルシーセサル・アスピリクエタがミスをするまでに6本のパスを繋ぎ、リヴァプールタッチラインに沿ってボールを蹴り出すまでに9本のパスを繋いだ。

 

繋がったパスの本数が二桁に乗ったのは2チームだけだ。まずはサウサンプトン。彼らは相手チームの選手がボールに触るまでに14本ものパスを繋いだ。さらにセインツはそのボールをもすぐに取り返し、最初の80秒間をボール保持しながら過ごした。しかし、彼らの対戦相手は深く守ることの多いバーンリーだったという点は指摘しておきたい。

 

もう一つのチームは、皆さんが予想した通り、マンチェスターシティである。3-1でアーセナルを下すことになる試合を、彼らは自陣で17本ものパスを蹴ってスタートした。必然的に、GKのエデルソンもボールに触ることとなり、リスキーな横パスをした。最終的にはフェルナンジーニョのパスがずれたことで、アーセナルスローインとなった。

 

チームのキックオフには、そのチームが持つ試合全体へのアプローチが反映されているように思える。今季のプレミアリーグにおいて最もロングボールを使った割合の高い8チームは、すぐに敵陣へ蹴り出す10チームの中に入っている。それとは逆に、相手がボールに触れるまでに最も多くのパスを繋いだマンチェスターシティは、平均ボール保持率で2位以下に7%もの差をつけて最高を記録。パス成功率でも2位のチームを5%も上回っている。

 

現代フットボールにおいては、ボール保持と技術水準に重きが置かれているが、この風潮はキックオフにまでは未だ及んでいないようだ。大半のチームは敵陣でルーズボールの取り合いをするところから試合を始めることに満足しており、まるでボールを奪うことは保持をし続けることよりも重要であると思っているかのようだ。イングランドのチームは、最初からパスを繋ぐことで試合を始めるよりもセンターサークル内でのドロップボールを好むのではないかとすら思えてくる。

 

試合は空中戦かルーズボールの取り合いが起きない限りは、始まることはない。その点において、キックオフというのはイングランドフットボールの中で、最も典型的なイングランドっぽいものである。