With Their Boots.

【後編】スウェーデン4部から7年でヨーロッパリーグへ~変人集団エステシュンズの軌跡~

2010年に4部へ降格したところからヨーロッパリーグ挑戦まで辿り着いたエステシュンズFKというクラブの軌跡を振り返る記事の後編になります。後編では、彼らが採用する世界的にも非常にユニークな強化活動を中心に紹介します。前編はこちら


 

 

エステシュンズの取り組みには他の誰にも真似できないような特徴的なものがある。カインドバーグがクラブに復帰したとき、彼はクラブ創立メンバーで現在もゼネラルマネージャーを務めるラッセ・ランディンの娘であるカリン・ウォーレンに会った。ウォーレンは、フットボール選手は文化的な活動を通してこそ豊かさを得られ、ピッチ上で起こる様々な状況に対処する能力は選手としての活動から離れたところでこそ強化されると信じていた。カインドバーグはそのアイデアに乗り、自分なりに戦略を練った。

 

「私はそのすぐ後にスウェーデンで非常に有名な作家と会いました。そこで彼女は私に向かって『ダニエル(・カインドバーグ)、スウェーデン人がこの世で何よりも恐れていることを知ってる?それは、他の人が見つめる舞台に上がることよ』と言いました。この言葉が頭に残っていたので、カルチャーアカデミーの設立を思い付きました。そこは毎年、一つのテーマを選び、ワークショップで発展させ、秋に発表する場所です」

 

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[舞台上でパフォーマンスを行うエステシュンズの選手達。]

 

ウォーレンは現在、エステシュンズの“カルチャーコーチ”を務めている。選手だろうがコーチだろうがフロントで働くスタッフだろうが役員会のメンバーだろうが、例外は存在しない。みんなが共に本を書いたり、展示会をプロデュースしたり、解説用の図表を作成したり、コンサートを開いたりするのだ。中でも最も有名なのは、地元の劇場で白鳥の湖を上演したことだ。それとはまた別に、エステシュンズは地元の難民センターやチャリティー事業とも積極的に連携している。今回の取材を行った二日前には、Maxida Marakというヒップホップ歌手とのワークショップがあったという。ここでは誰一人としてコンフォートゾーン(ぬるま湯)に居続けることが許されないのだ。では、舞台に上がることは本当にアリ・サミ・イェン・スタジアム(ガラタサイのスタジアム)でのブーイングや指笛に対抗するための助けになるのだろうか?

 

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[たとえ監督であっても舞台上でしっかりしたパフォーマンスを見せなければならない。]

 

 

「我々はフットボールの試合で勝利するためにやっているのです。そういったことに直結しています」とカインドバーグは答えてくれた。「『もしそうなら、全てのクラブもやったらいい』と人は言いますが、やってみたら分かると思いますね。この取り組みは我々を取り巻く環境においては十分に機能したということしか分かっていませんから。楽しむためにやっている訳でもありません。500人の前で白鳥の湖を踊ることがどれだけのことか分かりますか?とんでもないことですよ。選手達はみんな恐れていました。死ぬことすら何とも思いませんよ!でも、こういうパフォーマンスの後の感情は、何物にも変えがたいものがあります。我々はこれまでフットボールチームとして多くの成功を手にしてきましたが、ショーに関することで悪戦苦闘した後では、そういった実感がより一層深まります。毎年、そういった勝利を重ねることで、我々のアイデンティティは確立されていくのです」

 

ヌーリ曰く、舞台上での苦闘を経ると「何でも出来そうな気にさせられる」のだという。そして、選手として重要な局面にもダイレクトに利益があるという。「ピッチ上で前よりも勇気を持てるようになりました。結果が付いて来ているときは、反対のしようもありません」とヌーリは語る。

 

過去7年間におけるエステシュンズの歩みにおいて、支障のようなものはほとんど存在しなかった。しかしカインドバーグは全てに満足している訳ではない。クラブにとって初めての1部リーグシーズンで、上質な攻撃的フットボールを展開しながらの8位フィニッシュ。カップ戦も優勝した。十分な成果と思えるが、カインドバーグはリーグ優勝を目指しており、EL参戦をクラブの歴史における最高の瞬間にはしたくないという気持ちも隠さない。

 

「我々が用いるメソッドは全ての試合で勝利するためのものです。そういうことが続けば、順位表の一番上にいられるでしょう。優勝を勝ち取るまで満足することはありません。それ以前の結果は全てゴミです。中位を狙うつもりということは、敗戦を受け入れるということも意味します。それじゃダメなんです」

 

カインドバーグはポッターが成し遂げた功績に不満を持っている訳ではないと笑うが、どのようにエステシュンズが欧州最高のチームになるのかについて真剣に話し始めた。

 

「現在のクラブ売上高は年間550万ユーロです。これが650万ユーロになったとき、我々はスウェーデン王者になっているだろうと言ってきました。また、売上高が5000万ユーロに到達できれば、チャンピオンズリーグ(以下CL)をも勝ち取れると言ってきました。このことに関しては全く疑っていません。今までにこんなことをやった者はいませんが、我々なら出来ると確信しています。この売上高を3年間維持できれば、実現できるでしょう。100%出来ます。」

※2017年の年間“収益”トップはマンチェスターユナイテッドの6億7630万ユーロ。

 

「多大な成功、リーグ優勝すること、CLのグループステージを1回か2回突破すること、そして新たな試みへの投資が組み合わさることで実現できます。我々にはモデルがあり、考える力と理解力もあります。小さきものがどうすれば大きなものを倒せるか。他者とは全く違う方向を取り、奇妙な存在“Eljest”になるのです」

 

カインドバーグの言うことはまるでおとぎ話のように聞こえるが、自分の心に聞いてみてほしい。変わったことをやっていると主張するクラブを訪れる経験はそれほど珍しいことではないが、そういった物事が言葉通り実行されているところを見られるのは普通なことではないのだ。しかし、チェアマンになった後にエステシュンズを欧州の舞台へ連れて行くと誓ったカインドバーグは、彼が予測した通りに物事を進めてきた。今回も実現してしまうかもしれない。

 

カインドバーグとポッターの下でエステシュンズが歩んできたステップは、これ以上は無いものにも感じられる。だが、4部から這い上がってきた彼らにとって、EL挑戦を終着点にする理由なんてあるだろうか?

 

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9月28日、拡張途中だったスタンドには座席が配置され、ヘルタがエステシュンズの人工芝のピッチに攻め入ってくる。スタジアムはキャパシティいっぱいの9000人で埋まるだろう。ポッターが来た頃、800人に満たない観客動員数が普通だった日々とは全く違う。サポーターグループであるファルカーナは、クラブの長年のファンであるアンドレス・リンフェルターがデザインしたコレオを掲げる計画について明らかにした。リンフェルターはスウェーデン国内において、ウィットに富みながらも敬意に溢れるスローガンを考案することでも有名だ。スキーなどのウィンタースポーツでよく知られている世界では見たことがないような雰囲気になるだろう。

 

ポッターとアシスタントコーチのビリー・リード(ハミルトンの元監督)はダグアウトから選手を鼓舞し、カインドバーグはそれをメインスタンドの最上段で座りながら見ることになるだろう。彼はこれまでイングランドの有力なクラブから、ポッター監督に対しての問い合わせをいくつも受けてきた。しかし、そのどれも彼をエステシュンズから出て行かせることは無かった。ひとまず、今のところはだが。両者のつながりは非常に深く、驚異的な物語が立ち止まる気配は全く見られない。

 

「私達はEL優勝出来ますよ。絶対に。出来ます。参戦する以上は競わないと意味がありません。望むのではなく、信じるのです。この二つは違うものですから」とカインドバーグは言う。

 

これ以上の質問は必要なかった。カインドバーグ、ポッター、そしてエステシュンズが歩んできた道のりがどれほどのものだったかは置いておいて、古臭い"Eljest”というコンセプトは突然、現代的なものに感じられてきた。

 

 

【訳者追記】

アスレティック・ビルバオ、ゾリャ、ヘルタ・ベルリンという伝統も欧州での経験値も十分に備える3チームと同居したグループステージで、エステシュンズは快進撃を演じた。

 

初戦でゾリャを破り記念すべきEL初勝利を挙げると、第2節では勢いそのままにヘルタを撃破。改築されてキャパシティが増えたホームスタジアムは歓喜に沸いた。大本命ビルバオとの連戦は1分1敗に終わったが、続く5節ゾリャ戦に勝利し早々と決勝トーナメント進出を決めた。

 

そして2017年12月、決勝トーナメントの組み合わせ抽選会が行われた。そこで選ばれたエステシュンズの次なる相手は、今季のELに参戦するクラブの中で最も巨大な戦力を持つクラブと言って差し支えないだろう。2018年2月、彼らが相対するのはプレミアリーグアーセナル

 

エステシュンズにとっては未知の存在と言っていい相手だが、ポッター監督はクラブ公式サイトに「ファンタスティックな抽選だ。プレミアリーグの中でも屈指のクラブと対戦するために、母国イングランドに凱旋するのも最高にクールだね」と語った。

 

おそらく会長のカインドバーグも同じ気持ちだろう。エステシュンズの選手達はポッター監督が授けた策と自身の力量、そしてカルチャーアカデミーで培った勝負度胸を携えロンドンに乗り込む。