With Their Boots.

現代のディフェンダーは悪化しているのか?進化しているのか?(ESPN)

「最近のディフェンダーは上手いだけで安心感が無い」などの苦言が元選手から為されることは、洋の東西を問わず見られる現象ですが、イングランド史上屈指のCBだったリオ・ファーディナントも同様の指摘をよく行います。今回はマイケル・コックス氏がファーディナンドの発言を端緒に、彼の現役時代と現在とでディフェンダー職に起きた変化についての寄稿した記事をざっくり訳しました。元記事はこちら


 

自分達が現役の頃よりもレベルが下がっていると語る元選手を発見しても、何ら驚くことではない。しかし、センターバックはもはや守備的にソリッドではないというリオ・ファーディナントによる示唆には多分に真実味が詰まっている。元ディフェンダーが(現代の選手達が持つ)スキルは大したことないと語る一方で、元フォワードは相手の酷い守備によって決まったゴールがたくさんあると語る。こういったことは、元ディフェンダー・元アタッカーにありがちな回顧だ。

 

しかしながら、守備の酷さを指摘する主張は、1試合あたりのゴール数が(元選手達が現役だった頃と比べて)それほど変化していないという事実を無視している。つまり、守備自体はそれほど悪化していないのである。ただ、変化はあった。最終ラインの4人で守る形から組織として守る形への変化である。

 

「現代のディフェンダーは攻撃の起点にならなければいけない。それこそが(コーチから)求められていることだ。デイリー・ブリントを見てくれ。ユナイテッドは彼をセンターバックとして起用している。これが全てを物語っているだろう。彼が最終ラインの中央でプレイしている理由は攻撃をそこから始めるためだ。彼はもともとセンターバックではなくフルバックとして契約されたが、彼は攻撃の起点を担い、それこそが現代のフットボールが持つ哲学なのさ」とファーディナンドは語った。

 

しかし、若かりし頃のファーディナンドがまさしくそういったタイプの選手だったということは覚えておく価値がある。彼はマラドーナに憧れて育ち、ウェストハムのユースにいた頃は中盤でフランク・ランパードと共にプレイしていた。ファーディナンドはボールを持ったときに複雑で大胆なプレイをする選手として有名で、センターバックとして大成する過程でクオリティを獲得した。未来的で、ボール扱いの上手いセンターバックだと広く認識されていた彼は、ちょっとした集中力の欠如から守備でしくじる傾向もあった。だから、彼はフラットなバック4よりも、3人で形成する最終ラインにおいてスイーパーとしてボールを持ち上がる方が適していると思われていた。

 

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[ウェストハム時代のリオ・ファーディナンド。その後はリーズ、マンチェスターユナイテッドへ移籍(共に当時の移籍金最高額を更新)し、世界を代表するセンターバックとなる。]

 

ファーディナンドは自身のポジション変遷について語るとき、守備をするときのフラストレーションをいつも正直に認めている。

 

「守備というのは自分にしっくりくるものだったが、楽しくなかったのは確かだ。試合に勝った後も不思議なことに満たされない気持ちを感じていた。相手のセンターフォワードと競り合って、スピードで打ち負かすのが楽しかったことは認めるが、守備の仕事は自分を冷めさせていた」と自伝の中に記している。これは現代のセンターバックについても言えることだ。彼らは渋々ディフェンダーに転向させられたボール扱いの上手い選手であり、守備よりもパスにこそ情熱を見出している。

 

ファーディナンドがこういったことを現代フットボールの(悪い意味での)本質かのように語ることは妙な話でもある。「現代のディフェンダーにとって速さは非常に重要なものになっている。ウェストハムでキャリアをスタートさせた頃、同じチームにアルヴァン・マルティンという素晴らしいディフェンダーがいたが、彼は素早い選手ではなかった。アラン・ハンセン(’70年代後半から’80年代のリヴァプール黄金期を支えたCB)やトニー・アダムズ(’80年代~’90年代のアーセナルで500試合以上に出場したCB)にも言えることだ。今はどうだ、(ディフェンダーにとって)速さこそが命だ。」

 

ファーディナンドの言っていることは全く正しい。しかし、ディフェンダーとして駆け出しの頃のファーディナンド自身はスピードに頼り切った選手だったことも覚えておいてほしい。実際、彼はプレミアリーグ時代において革命的なセンターバックだった。素早くて、技術を持つ、ディフェンダーにコンバートされた選手である。ジョン・ストーンズのような選手にとってはお手本だったことは疑いようがなく、現在のファーディナンドが好んでいない現代的なセンターバック像の行方に決定的な影響を与えた選手であった。

 

現代において、ディフェンダー達は彼らの前方にいる味方から多大な保護を受けている。ファーディナンドがキャリアをスタートさせた’90年代半ばのプレミアリーグを見てほしい。どのチームも開かれた試合をしていることに気付くだろう。ワイドのミッドフィルダーは熱心に帰陣することはなく、ボールを持っていないときのストライカーはほとんど何もしない。セントラルミッドフィルダーのうちの一人は前方に突っ込み、相方を置き去りにすることも見過ごされていた。

 

数少ない例外はジョージ・グラハムが率いたアーセナルで、彼らはボールの背後に多くの選手を配置して守備を行っていた。退屈さやイマジネーションの欠如を指摘されることもあったが、グラハム方式は最近のプレミアリーグで広く見られるものになった。新監督が来て最初に取り掛かるところは組織力の向上で、それは多くの場合、中盤やアタッカーに働きかけることを意味する。ファーディナンドにとって最初のクラブであるウェストハムの守備はデヴィッド・モイーズの下で進歩していないが、それは守備自体に何か大きな変化が起きたからではなく、その前に問題があるからだ。例えばマルコ・アルナウトヴィッチのようなアタッカーのワークレイトを増やすことが、彼らが浮上する上で大きな要素になっている。

 

ディフェンダーはもはやディフェンダーではないというファーディナンドの指摘は、逆も真なりとも言える。ストライカーは、もはやストライカーではないのだ。冷静なフィニッシャーであるダニエル・スタリッジではなく、攻撃的なミッドフィルダーと言ってもいいようなロベルト・フィルミーノの方を、守備での貢献を重視して重用するユルゲン・クロップは、数年前なら狂気の沙汰と思われていただろう。しかし、今ではこのことに対して不満を述べるメディアやリヴァプールサポーターはほとんどいない。

 

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[リヴァプールを指揮するクロップ監督は、純然たるストライカータイプなスタリッジ(画像左)ではなく献身性と判断力に優れたフィルミーノ(画像右)の方を重用してきた。]

 

(中盤の選手だった)ジョン・ストーンズが守備のやり方を学んだように、フィルミーノもゴールの決め方を学んだのだ。ちゃっかりとタップインゴールを決める姿からは、ますます正当なストライカーらしさを感じさせられる。しかし、彼のワークレイトはリヴァプールの守備を進歩させ、後方の選手達が危険に晒される回数も抑えられている。それによって、クロップはより創造性に富んだボール扱いの上手いディフェンダーを起用でき、彼らに前掛かりのプレイをさせ、スピードを誇示させることで背後のスペースをもカバーさせてしまう。

 

ファーディナンドの指摘は決して間違っている訳でも、適切な訳でもない。引退したプロ選手達が、今のストライカーはいまひとつだと言ったり、ウィングはクロスが下手になったと言ったり、ディフェンダーはマークが甘くなったと言ったりするのは分からないでもない。しかし、こういったことは競技全体の抜本的な改善によって相殺されてきたものである。ファーディナンドマンチェスターユナイテッドでカルロス・テヴェスやウェイン・ルーニーと共にプレイしていたときに分かっていたはずだ。彼らがファーストラインの守備にエネルギーを割いてくれたおかげで、ファーディナンド自身が相手の攻撃に晒されることが減ったということを。

 

スペシャリストが持つ特別なスキルの多くは、より多くの経験を伴うものだ。ボール扱いが上手く、守備が嫌いだったファーディナンドがこの国において最も優れたディフェンダーになったことが、最大の例えである。