With Their Boots.

バロンドール受賞者を生み出すスポルティングCPのアカデミーってどんな場所?(The Guardian)

ポルトガル代表に多数の選手を送り込み、同代表のEURO制覇に大きな貢献を果たしたスポルティングCPのアカデミー。ルイス・フィーゴクリスティアーノ・ロナウドというバロンドール受賞者2名を始め、非常に多くの名選手を輩出したことでも知られています。世界でも高い評価を受けるスポルティングのアカデミーとはどんな場所なのか?をAlex Clapham氏が取材した記事がGuardianに掲載されていましたので、今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら。同氏によるベンフィカアカデミー取材記の翻訳はこちら


 

 

努力、ひたむきさ、献身、栄光。これらの単語は若い才能たちがスポルティングCPアカデミーの門を叩き、そして去るときに目にするものだ。アルコシーチの田舎にあるスポルティングのアカデミーは、私が以前に訪ねたベンフィカのアカデミーと大きく違った場所で驚かされた。0.4ユーロのコーヒーを終始しかめ面なおじさんが出してくれたくらいで、贅沢さは無く、まさにフットボールのための場所といった感じだ。

 

ポータブルTVの周囲に集まったコーチ達はプリメイラリーガ(ポルトガル1部リーグ)のハイライトを見て、今晩の練習予定を相談していた。私はというと、この廊下を過去に歩き、すぐ近くの部屋で眠っていたであろう選手達のことを想像せずにはいられなかった。スポルティングにはかつて、ポルトガル代表で最もキャップを重ねた二人の選手が所属していた。クリスティアーノ・ロナウドルイス・フィーゴだ。両者は共にバロンドールを受賞し、チャンピオンズリーグを勝ち取り、国内リーグとカップのタイトルの獲得数はおびただしい程だ。この施設内には二人の肖像画などがいたるところに掲示されている。

 

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[数多くの名選手を輩出してきたスポルティングのアカデミーだが、フィーゴ(左)とロナウド(右)の存在は別格なのだという。]

 

このアカデミーでゴールキーパーコーディネーターとして働くミゲル・ミランダは言う。「メッシとは突然変異的な存在なんです。世代に一人しか生まれない選手で、史上最高のレベルです。しかし、クリスティアーノが現在のレベルに到達するまでに行ってきたことは、常人にとって大いに意味のあるものです。彼が離島からここに来たときは、何も持たない痩せた少年でした。良くない習慣も身についていましたし、相手ディフェンダーに突っかかることも多かった。しかし今では彼は完璧な選手、ビーストになりました。我々は彼をこのアカデミーにいる全ての選手にとっての模範として扱っています。彼は現在の地位に辿り着くまでに、あらゆることを犠牲にしてきたのです。」

 

6面あるピッチをミランダと話しながら見て回っている間、私はあることに気付いた。ボールが何度も何度もウィングの選手に素早く送られ、ウィングの彼らは対面のフルバックへドリブルを仕掛けるように促されている。クリスティアーノフィーゴ、ナニ、クアレスマ…。我々は常に特別なウィンガーを輩出してきました。コーチは中央の選手達にはタッチ数の制限を設けてサイドへボールを展開するよう指導しますが、ウィンガーにはタッチ数の制限は与えずチャンスを作るよう指導します。」ミランダは語ってくれた。彼が言うには、このアカデミーが持つ『管理された選手ではなく自由な選手を育てる』という歴史があるから、国内の優秀なウィンガー達がこぞってここにやってくるのだという。

 

「我々が輩出した選手のうち10人が2016年のEUROではポルトガル代表に入りました。そのうち8人は決勝戦のスタメンに名を連ね、うち5人がアタッカーです。さらにそのうち2人はウィンガーとして出場しました。私達は選手がピッチ上に自由に自分自身を表現することを好みます。クリエイティブな少年が大好きです。」

 

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[EURO2016決勝に臨んだポルトガル代表の選手達。赤い円で囲んだ選手は全てスポルティングのアカデミー出身者。さらに、交代出場したリカルド・クアレスマジョアン・モウチーニョも同アカデミー出身。]

 

スポルティングポルトガルで初となるアカデミーを開設したのは2002年。ベンフィカポルトのアカデミーと同様に一貫して4-3-3システムを用いている。しかし、コーチは全員が“実地視察”のために様々な場所へ行く。バルセロナのラ・マシアやアヤックスのデ・トゥコムストはもちろん、才能の原石を輩出し続ける南米にも足を運び、どのような指導が行われているのかを見て、そこで得た知識を吸収しようとしている。

 

U-16チームの練習中、ある選手が20ヤード(約18メートル)ほどのパスを続けて失敗した。彼はその直前に相手選手を3人かわして25ヤードものミドルシュートを決めていた。私は冗談めかして、彼はここで最高の選手か最低の選手か分かりませんねと言った。するとミランダは顔をしかめながら「彼はもう見込みの無い選手だ。彼の肌、足を見てください。彼の体はもう完成してしまった。本気で言ってます。私達は3カ月ごとに子供達に身体検査を行っています。その子は必要なレベルに達していませんが、成長は止まっています。我々は肌に出来たニキビや膝など関節の成長具合をチェックしています。」と答えた。

 

ミランダは続ける。「もしも年齢に応じて定められたスタンダードを下回るパフォーマンスをする選手がいて、その子の肉体の成長が止まっていた場合、私達はリリースします。我々は成長の止まった15歳よりも痩せこけた不格好な選手を好みます。繰り返しになりますが、クリスティアーノはパーフェクトな例なのです。私達は彼に14歳でプロになってもらおうとは思っていませんでした。20歳の時点でプロとしてプレイしてくれることを願っていました。」

 

アウレリオ・ペレイラはクラブのユース採用部門で長らくディレクターを務めてきた人物で、フィーゴパウロ・フットレシモン・サブローサジョアン・モウチーニョ、セドリック、リカルド・クアレスマ、ナニらの発掘・獲得に関わった。しかし、ロナウドはクラブにとって別格の存在なのだという。70歳のペレイラは若きロナウドの思い出を、目を輝かせながら語る。強さと速さを身に着けるために、足に重りを付けて路上を走る車を追わせたりしていたそうだ。

 

「遠くの場所から選手を獲得するとなると、出来るだけ早くアカデミーに来させることが目的になります。我々はいつか大物になるであろう若者の人生を変えようとしているのです。それぞれの長所と短所を見分け、それを練習に反映させます。」ペレイラは言う。

 

スポルティングは選手ではなく、成長しようとする人に関心を寄せる。トッテナムに移籍する前、スポルティングに8歳の頃から所属していたエリック・ダイアーはかつてそう語っていた。スポルティングというクラブは人を礼儀正しく尊敬できるように育てることに誇りを持っているんです。パスを失敗したくらいでは絶対に叱りませんが、他人に対して敬意を欠いた行動をしたときは叱ります。このクラブが考える良い選手とは、ミスをしたことを理解し正すことのできる者のことです。初めてイングランドに来てプレイしたとき、コーチがミスをした選手を責め立てているところを見ました。彼らは文字通り試合中ずっと選手に何かを言っているのです。ポルトガルでは、コーチはベンチに座ったまま何も言いません。僕たち(選手達)はただプレイをすればいいんです。ミスをしたとしても、そこから自力で学びを得るのです。こっちの方が競技への理解が深まりますよね。私にとって同じミスを2度してしまうことが悪い選手のサインです。」とダイアーは言う。

 

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[スポルティング所属時代のエリック・ダイアー]

 

一人一人の選手が日々の生活を幸せに送れるようにすることはクラブにとっても大きいことだという考えをミランダは強く持っている。「ここでは適切な食事と睡眠を重要視しています。規則正しい生活は選手としてのパフォーマンスにも大きな影響を与えるのです。そして、ピッチ上で良いパフォーマンスを出せた選手は人生におけるチャレンジにも前向きになれます。人として成長することは、とても大切なことです。」

 

ロナウドの成功は彼自身の人生を物語るものだが、フィーゴのそれも同様だ。彼は様々な経験を通して成長し、今では五か国語を流ちょうに操り、経営するバーとレストランはポルトガル中に展開している。ストップ結核パートナーシップ(結核患者への慈善活動)への支援を行いながら、インテルが展開するチャリティ事業でも重要な働きをし、FIFAの会長選にも挑んだ。

 

 

 

依然として憮然とした表情のウェイターに向かって“boa noite”(ポルトガル語で「おやすみなさい」の意)と声をかけてアカデミーを後にした。ロナウドなどポルトガル代表のEURO制覇に貢献したアカデミー卒業生達のサインが入ったTシャツが掛かる場所を通り抜ける。ここから世界中に広がるプロ選手、ヨーロッパ王者、そしてバロンドール受賞者の姿は、『努力、ひたむきさ、献身、栄光』というクラブが掲げるモットーの賜物なのだ。