With Their Boots.

求められるのは“適応力”と“諦めない心”―レアル・マドリードのアカデミー取材記(The Guardian)

ベンフィカスポルティングCPのアカデミー取材記を執筆したAlex Clapham氏が、レアル・マドリードのアカデミーについての記事をThe Guardianに寄稿していましたので訳しました。バルセロナが全てのカテゴリーで一貫した戦術デザインのもとに選手育成を行っていることはよく知られていますが、対するレアルは「いかなるシステムでもプレイできる完璧な選手」を作ろうとしています。元記事はこちら


マルコ・アセンシオが放った25ヤード級のシュートがマヌエル・ノイアーの守るゴールのボトムコーナーに突き刺さったとき、スコアは2-2だった。8人が折り重なって歓喜し、他の選手はドイツ人GKに向かって叫んでいる。そして、コントローラーが壊れてるんじゃないかなどと言うものもいた。キックオフの4時間ほど前、Cadete (レアル・マドリードU15チーム)Bの面々はリーグ戦を前にしてリラックスしようとしていた。サッカーゲームFIFAで遊ぶことではリラックス出来てなさそうだが。

 

競争はレアル・マドリードという組織全体から促されていると語るのは、アカデミーでコーチを務めるハビエル・モランだ。「この子たちはレアル・マドリードを代表しています。レアル・マドリードというヤバい場所を、です。この場所で成功するためには個性が必要です。情熱は教えられませんが、気力と信念は根付かせるができます。我々が掲げるエートスは‘nunca se rinde’ (絶対に諦めない)です。そして、その目標を達成するためには競争に勝つための何かを持っていなくてはいけません。」

 

TVを通して全国放送される予定の試合の前に休憩を取ろうと選手達が自室へ戻ってから、私は廊下の壁を彩るアルフレッド・ディ・ステファーノ、ジネディーヌ・ジダン、ラウールらの姿を見まわした。この面子の中でLa Fábrica(工場の意。下部組織を指す)でプレイしていたのは一人だけで、クラブは大物の補強に慎重になりそうな気配も無かった。レアル・マドリードはフロレンティーノ・ペレスが2000年に会長となって銀河系軍団構想を始めて以来、5回も移籍金の世界最高額を更新してきた。このアカデミーにいる少年達は、自分達がそういった路線と対立する存在であることを理解している。

 

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[レアル・マドリードのアカデミー卒業生であるラウール(左)とカシージャス(右)]

 

2010年のワールドカップで優勝したスペイン代表チーム23選手のうち、フアン・マタアルバロ・アルベロアイケル・カシージャスの3人だけがレアル・マドリードのアカデミーで育った選手だった。一方、バルセロナのアカデミーとして有名なラ・マシアの卒業生は9人もいた。現在、レアル・マドリードはそのバランスを修正しようとしている。

 

レアル・マドリードは、代表選手を育て上げるクラブという評判が欲しいのです。選手をスカウトする場合、技術面で大きな才能を持っており、様々な戦術的および戦略的システムに適応できる子を必要としています。我々とバルセロナなど他のクラブとで異なるのは、いかなるシステムでもプレイできる完璧な選手を作ろうとしているという点です」とは前述のモランの言である。

 

「ファーストチームを率いる監督の出入りなんて誰にも分りません。だからこそ、我々は選手それぞれに特定の型を作ってあげるというよりも、もっと個人にフォーカスしようとしています。適応とは人生において非常に重要なものです。我々は預かっている子供達を、瞬く間に起きる変化に対して自身で考えて反応できるように育てなければいけません。こういったことは、フットボールの世界では非常によく起こるからです。」ここにいる選手達は、ごく少数しかトップに上がれないことをよく理解している。だから、自身のプライドを捨てることになるのも、進むためには自身を変革しなくてはいけないことも分かっている。その進路がこのクラブだろうが、ヨーロッパの名門クラブだろうが、他のどこかだろうが。

 

フットボールクラブが建てた施設の中で史上最大」とも言われるレアル・マドリード・シティは2005年にオープンした。サンチャゴ・ベルナベウの40倍もの広さを誇り、ラ・リーガを戦うクラブ全てが一遍に遠征してきても収まるくらいのドレッシングルームが備わっている。他にもジム、教室、会議室、オフィス、治療やリハビリにも使えるプール、メディカルルーム、プレスエリアなどが複数ある。ピッチにはオランダから取り寄せた芝生が敷かれている。サンチャゴ・ベルナベウで使われているものと同じだ。

 

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[クラブの公式HPでも「サッカークラブが建設したスポーツ施設としては世界最大」と評されているCiudad Real Madrid(レアル・マドリード・シティ)]

 

クラブは世界中から40人ほどの子供達を集めて寮で生活させ、教育も施す。10歳かそこらの少年達は平均して3年間くらいをこのクラブで過ごすことになるが、初日に伝えられることがある。「君たちは、もう君たちの親御さんの子供ではないんだ。君たちはたった今からレアル・マドリードの選手だ」と。厳しいエリート・フットボールの世界から送られる無慈悲な歓迎である。

 

ピリオダイゼーション(必要なときに最大限のパフォーマンスを発揮するための適切なトレーニングストラテジーを構築すること)は、スペインのフットボール界においてとても重要視されている。シエスタは40分以内に収めること、休日の食事は決まった時間に摂ることなどのディティールが大切だと思われているのだ。前日の試合に出場した選手が取り組む早朝のリカバリー練習は習慣化されている。出場しなかった選手の“補填練習”も同様だ。そこから休日を挟み、1週間のうちの残りはフィジカル面や戦術面での練習で鍛えられることになる。試合前の最終セッションではフィニッシュやターンなどが優先して行われる。

 

戦術的な練習において、コーチ達は試合を想定したものを行う。仮定のシナリオを基に練習メニューを作るのだ。練習メニューは常に競争的で、一定の方向付けがなされており、今日のは低く構える相手の守備ブロックを流れるようなパスで打ち破るものだった。選手達のポジショニングが非常に大切になるため、コーチは完璧を求めた。

 

選手達に1-0でリードしている状態で残り時間は5分間と伝えられた。その中でプレッシャーを掛け、スクリーンを作り、遅らせ、カバーすることを求められる。そしてリードを死に物狂いで守らねばならない。アタッカー陣は、守備組織に素早く侵入するパスをじっくり待つようにと言われ、守備側の選手を引き出すために2対1の状況作るよう指導が入る。プレイの詳細が書かれている戦術ボードやシートはピッチ上に総動員されている。

 

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[Ciudad Real Madridの中には選手達がゲームで遊べる場所も用意されている。]

 

ほんの数時間前までプレイステーションで対戦し合っていたCadete Bの面々だが、今日の試合では同じチームに属しTrival Valderas Alcorcónというタフなチームと戦っていた。試合は1-0で負けている。選手の親や地元のファンからヘッドコーチであるペドロ・サンチェスの戦術選択への不満の声が漏れてくる。目的意識に欠けるパスが送られる度にスタンドから文句が湧き上がった。トップチームの方針に観客が不満を持っているときは、ベルナベウを埋めた8万人のファンが白いハンカチを掲げることがあるが、それのユース版と言った感じだ。

 

しかし、試合の終盤に同点ゴールが決まり、さらに追加タイムでもう2点を追加した。はちゃめちゃな展開から3-1の勝利をものにしたのだ。試合終了を告げるホイッスルが鳴ると、選手達はコーナーフラッグ付近で折り重なりながら勝利を祝った。親やサポーターは彼らを称えるスタンディングオベーションを贈る。この勝利によってチームは2位に1ポイント差の首位に立ったが、好印象だったのは試合結果とはそれほど関係が無い。選手達が ‘nunca se rinde’(絶対に諦めない)を体現してくれたことが何よりだった。これこそが、選手達がこのクラブで輝くために最低限必要な素質なのだ。