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戦術ブロガーからELベスト4の頭脳になった男:レネ・マリッチとは何者か。(ESPN)

皆さんはレネ・マリッチという男を知っていますか?数年前からspielverlagerungなどで骨太な分析記事を書いているオーストリア出身のいわゆる“戦術ブロガー”なのですが、今季は南野拓実も所属するオーストリアFCレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチを務め、ヨーロッパリーグのベスト4進出に貢献しています。フットボリスタの記事などでもちょろっと名前が出るようになった(この記事とかこの記事とか)25歳の新世代コーチについての記事が、ESPNに公開されていましたので訳しました。元記事はこちら


オーストリアメディアでは「フットボールのおとぎ話」と評されているが、レネ・マリッチがニッチな戦術ブロガーからヨーロッパリーグのセミファイナリストであるFCザルツブルクのアシスタントコーチになるまでの出世街道はそういったものとは全く別物である。

 

現在25歳の彼が成功できたのは、フレンドリーな魔法使いとお付き合いしていたからでも、神聖な獣の金貨を持っていたからでもない。長年にわたる献身、探究、知的好奇心、そしてインターネットによってもたらされたネットワークとその可能性によるものだ。マリッチのオーソドックスとは言えない立身出世は、指導者業界の変容をも強調する。彼は、経験とステータスに基づく従来の価値観ではなく、もっとオープンでアイデアと実行力を評価する動きを牽引する存在だ。

 

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[レネ・マリッチFCレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチを務めている25歳だ。]

 

他の多くの若手指導者と同じように、マリッチも怪我によって現役生活に終止符が打たれたときにフットボールについて深く考えるようになった。彼はドイツとの国境近く、上オーストリア州の小さな町にあるTSUハンデンベルクという7部リーグのチームでプレイしていた。心理学も学んでいた彼はU-17チームでボランティアとして働きながら、選手や戦術について長く、かなり突っ込んだ内容の難解な論文をabseits.atやSpielverlagerungといったネットメディアに公開した。Spielverlagerungに公開された専門用語が満載な記事や矢印などが用いられた図説などを、シンプルなことをわざと難しく表現してると貶すジャーナリストもいる一方で、マリッチらは(フットボールという競技に対する)本当の洞察を提示してくれると考える読者もいた。

 

その一人がトーマス・トゥヘルだ。当時マインツを率いていた彼は、マリッチにコンタクトを取った。マインツペップ・グアルディオラ率いるバイエルンと戦うときに見せるプレイ・パターンを詳らかに解説した記事をマリッチが書いた後のことだった。「その記事に気付いた彼は、メールを寄越してきて、ミーティングに招いてくれました。」とマリッチESPNに語った。マリッチと彼と同業のブロガーにいたく感銘を受けたトゥヘルは、彼らに対戦相手のスカウティングレポートを任せるほどだった。

 

一日のうち14時間をフットボールの勉強やコーチングに充てるほどのフットボール狂であるマリッチは、その後すぐにフリーのコンサルタントとしての仕事が舞い込むようになった。プレミアリーグのいくつかのクラブからは、グアルディオラとクロップが行うプレス戦術の解説を求められた。テッド・ナットソンのStatsBombチームと共に、ブレントフォードやFCミッティランが獲得に興味を持っている選手のスカウティングを行ったこともある。

 

コンサルタントとして働きながら、マリッチはTSUハンデンベルクでの監督業も続けていた。さらには指導技術についての本も上梓した。さらに大きな舞台で、彼のアイデアをピッチ上に持ち込む機会を得ることになる2016年の夏より前の話である。マリッチの戦術ブログを読んで興味を持った指導者はもう一人いる。マルコ・ローゼだ。FCザルツブルクU-18のコーチをしていた彼は、マリッチの分析にいたく感銘を受け、友情を結び、数時間以上もぶっ続けで戦術について議論をした。16/17シーズンの始め、ローゼ(現役時代はマインツでクロップと共にプレイしていた)は、マリッチをアシスタントコーチとして雇い入れた。

 

共に働く最初のシーズン、彼らが率いるザルツブルクU-18はバルセロナマンチェスターシティ、パリサンジェルマンなどの強豪を打ち破り、U-19チャンピオンズリーグを制した。いかなる年代の大会であろうと、これまでオーストリアのクラブはUEFAのトロフィーを掲げたことが無かった中での快挙である。

 

この歴史的な偉業を受けて、ローゼとマリッチザルツブルクのファーストチームに昇格する。国内リーグではまずまずのスタートを切った後、彼らは勢いに乗ってボルシア・ドルトムントラツィオといったチームを大方の予想を裏切って打ち破っていった。ヨーロッパリーグ準決勝で当たるマルセイユも下馬評では有利と見られているが、ザルツブルクが見せるフレキシブルなシステム、ボール保持時の素早いコンビネーション攻撃、プレッシングがうまく機能すれば個人能力での不足を十分に乗り越えられる。(※2ndレグの延長戦まで持ち込む粘りを見せたが、最後は誤審によるコーナーキックから失点し惜しくも決勝進出はならなかった)

 

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[レネ・マリッチ(左)とマルコ・ローゼ(右)]

 

マリッチの一日はタックスハム・トレーニンググラウンド(ザルツブルクの練習場)に早く来ることに始まり、練習メニューを考え、ローゼの隣で練習を指揮し、要点をまとめる。それから前の試合を分析するか、次なる対戦相手の分析映像などに取り掛かる。そして、コーチングスタッフとのミーティングや選手達との相談を行う。

 

では、弱冠25歳で経験豊かなプロ達を指導することは難しくないのだろうか?マリッチに言わせれば、全くそんなことはないのだそうだ。

 

「チームのおかげで、すごく働きやすいですよ。他のコーチから多大なサポートを受けていますし、寛大で従順な選手達ばかりです。」洞察的なプレイングパターンと実際のピッチ上で戦術を用いることには明らかな差異があるものの、マリッチが掲げる目標は理論と現実のギャップを出来るだけ小さくすることである。彼の書く10000語を超えるブログには複雑な文章が詰まっているが、それらは練習場で用いられる言語や単語などとは無関係である。マリッチが言うには、そういった記事は「観察したことを反映させたもの」として書かれているのだと言う。しかし、ザルツブルクスカッドへの働きかけは最適化された形で表されており、効果的にコミュニケーションを行っている。

 

「(戦術的な)インプットは全て、選手達が容易く理解できるような形で行われなければいけません。生きた言葉で、確信を持って行われる必要があるのです。こういった面で、マルコ・ローゼは最高の先生ですね。」マリッチは語る。

 

マリッチと話していると、彼や彼の同類たちを“戦術オタク”と見なすのは明らかに的外れだということが分かる。科学的なアプローチと高度なマン・マネージメントを融合させることによって成功しているブンデスリーガの若手指導者と同じように、マリッチもドレッシングルームのモチベーションを刺激するのに長けている。彼の場合は、ピッチ上でのパフォーマンス向上を助けてくれるというシンプルな気付きを得た選手達が、マリッチの指導についていく意思を持てていることに由来する。

 

これからの数日間でザルツブルクはガラスの天井に直面するかもしれない。しかし、2011年に南米の無名チームのパスマップを作るところから始まった男には、将来もっと大きな何かが起こるかもしれない。マルコ・ローゼはドルトムントのベンチに座るピーター・シュテーガーの現実的な後継者と見られている。もちろん、彼が「アイデアマン」と呼んで信頼するマリッチと共に、である。