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トーマス・グロンネマーク:リヴァプールが雇ったスローイン専門コーチの話

2018年の夏ユルゲン・クロップ監督率いるリヴァプールはトーマス・グロンネマークというデンマーク人コーチと契約しました。彼は世界でも希少なスローイン専門のコーチです。今回はMediumというサイトのThe Final Whistleに掲載されていた彼についての記事を訳しました。元記事はこちら


スローインフットボールという競技において最も過小評価されている分野の一つである。ボールが外に出た際に行われるルーティーンに重要さは感じられない。しかし、こういった風潮は変わるかもしれない。多くのチームが注目すればするほど、スローインをより良く活用できるようになるだろう。

 

ユルゲン・クロップリヴァプールを率いた最初の2年間、守備における苦悩はこのドイツ人が就任以来クラブに行った素晴らしい仕事ぶりに影を落とした。就任した半年後にチームをヨーロッパリーグ決勝へ導くとともに、しっかりとリーグ4位以内を確保した。このことはプレミアリーグの6位で苦しんでいたチームにとっては大きな改善の兆しだった。しかし、次なるステップも必要になっていた。

 

クロップがリヴァプールに根付かせた疲れ知らずのプレッシングと切れ味鋭いカウンターアタックを用いたスリリングなプレイスタイルでは、試合に勝つためには不十分ということも何度かあった。彼が就任してからしばらくの間、リヴァプールは楽に勝てたはずの試合を考え得る限りで最も破滅的な方法によって逃すことがあった。そのほとんどは愚かな守備のミスに由来するものだ。

 

昨シーズン(17/18シーズン)にクラブ史上最高金額でヴィルフィル・ファン・ダイクを獲得してから、リヴァプールの守備はリーグ最高の域まで進歩した。ミスしがちで頼りなかった最終ラインは強固でしっかりしたものに変わり、競った試合ではその違いを見せてきた。しかし、リヴァプールスローインにどう対応しているか、攻守のセットアップにおいてどれほど重要視しているかは十分に注目されていない。

 

リヴァプールにとって自陣のペナルティボックスへのロングスローは対処しにくいものだったが、現在の彼らはこういった攻撃にも対応できるし、相手のスローインからチャンスを作ることはリヴァプールが用いる高速スタイルの重要なパートになりつつある。

 

レスター戦の前に行われた会見でクロップはスローイン専門のコーチと契約したことを説明した。彼の言葉には、スローインが持つ重要性とそれがどれほど過小評価されているかが詰まっていた。

 

クロップ「トーマスのことを聞いたとき、すぐに会ってみたくなりましたね。彼と対面したとき、絶対に彼を雇いたいと思いました。現在、彼はここ(リヴァプール)にいて、共に働いていますよ。彼がいない間は、彼が持つ情報を上手く活用しています。もちろんアカデミーでの指導にも用いていますよ。すごく良いものです。

 

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[ユルゲン・クロップ(左)と肩を組むトーマス・グロンネマーク。彼はロングスローの飛距離における世界記録も持っている。]

 

この分野における専門家は簡単に出会えるものではないが、リヴァプールのようなビッグクラブにそういった人がいるとなれば、クラブがスローインに注目する理由やそれに対する疑問が生じるだろう。

 

トーマス・グロンネマークは元フットボール選手で、デンマーク代表の陸上チームにも参加していたが、2004年にフットボール陸上競技で培った経験を利用してスローインを発展させることを決断した。それ以来、トーマスはデンマークやドイツのクラブ、そして直近ではリヴァプールで仕事をしてきた。彼がリヴァプールに辿り着くまでは非常に長い道のりがあったが、彼は今まさに現代フットボールにおいてスローインがどれほど効果的かを証明している。

 

トーマスを採用したことを明かしたクロップの会見では、リヴァプールが英国で初めてスローイン専門コーチを雇ったチームだったこともあり、その目新しさが生み出す驚きについての質問がジャーナリストたちから上がった。

 

彼自身にとってもクロップ本人から連絡を受け、スローイン専門コーチとして働くことは大きなサプライズだったようだ。

 

トーマス「7月の始めにユルゲンから電話があって、そのときは留守電にメッセージを残してくれました。彼から電話がかかってくるなんて本当に驚きましたよ。メルウッド(リヴァプールの練習施設)に招待してくれて顔を合わせました。素晴らしいものでした。その日から私は、負傷しておらず休暇も取っていない選手へのスローイン指導を許可されました。まさにアドベンチャーですよ。リヴァプールで働けるのはファンタスティックな経験です。

 

アンフィールドリヴァプールの本拠地)に来て以来、ユルゲン・クロップは新たな命をクラブに注入してきた。その中には彼自身が才能を見込んだクオリティの高い選手の獲得も含まれるが、同じことは質の高いスタッフにも言える。例えば、欧州で最も評価の高いフィットネスコーチの1人であるアンドレアス・コーンマイヤーはクロップからの誘いを受けてバイエルン・ミュンヘンからリヴァプールへやって来た。

 

トーマスがリヴァプール行きを決断する上で、クロップが持つインパクトや影響力は無視できない。ユルゲン・クロップという男と共に働くことはフットボールの世界において多くの人間が望むものである。彼との経験についてトーマスはこう語る。

 

ユルゲン・クロップと一緒に働くことは素晴らしいことです。彼はナイスガイですし、あった人すべてに対して親切に接します。そして、非常に優れた指導者でもありますから。彼は知識を吸収することが得意で、選手だけでなくスタッフからも何かを得ようとしています。だから、彼はこのチームを助けてくれるのは誰か、どんな人間ならスタッフ全体の助けになるかを見ています。それこそが私をデンマークから呼び寄せた理由だと思います。彼は既に良いシーズンを送れていたとしても、スローインという分野はまだ向上できると考えていたのです。ユルゲン・クロップという男はファンタスティックな人間で、彼と共に働くことは大きな喜びですよ。

 

リヴァプールを率いているユルゲン・クロップについて確かなことは、彼が常に改善を模索してきたということだ。2年目のシーズン、リヴァプールは2015/2016シーズンの8位から4位に飛躍した。2017/2018シーズンは、リーグ戦では4位以上の地位を確立し、チャンピオンズリーグでは決勝まで辿り着いた。今季(2018/2019シーズン)の彼らはプレミアリーグのタイトルレースを牽引する存在になり、チャンピオンズリーグ優勝のチャンスもしっかり保持している。

 

こういった向上は、なにもリーグ順位や大会結果だけに留まらない。それは彼らのプレイスタイルにも反映されている。クロップ就任当初のリヴァプールは爆発的な攻撃の裏に脆い守備を抱えたチームだったが、今ではソリッドで統率の取れた組織的なシステムを用いて試合の主導権を握り続けるチームへと変貌した。クロップはチームが抱えていた大きな弱点を修復し、その中でスローインを改善可能な分野だと認定した。

 

トーマスはフルタイムでリヴァプールに勤めている訳ではないが、スローインの分析を行い、毎月の報告書を提出している。彼の主なタスクはフルバックサイドバック)への指導になるが、アタッカーやミッドフィルダーの動きやポジション取りにまで及ぶこともある。

 

トーマス「技術的な部分や正確性などスローインに関する全ての分野において、フルバックを指導することがほとんどです。ただ、それだけでなく選手全体の動き方について指導することもあります。相手からのプレッシャーを受けながらスローインを行う際にどうやってスペースを作り出すか、などの戦術的な指導もします。だいたい月に1週間くらいリヴァプールで働いて、それ以外の週はデンマークから試合の分析をしてユルゲンや他のコーチに報告書を送っています。攻守を問わず全てのスローインを分析しています。1試合で行われるスローインはだいたい40~50回ほどになりますが、様々な状況があります。

 

リヴァプールフルバックたちはスローインにおいて目覚ましい成長を遂げている。相手チームがスローインを行う際には組織的なポジション取りから数多くのアドバンテージを得ており、決定機にもつなげている。攻撃におけるスローインは以前よりずっと危険なものになった。守備的な面でも、彼らがスローインから決定機を与えることはほとんど見なくなった。これも全てトーマスの指導による成果だ。

 

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[トーマスのスローイン指導を受けているアンドリュー・ロバートソンは「スローインになるとみんなスイッチが入るんだ。どの選手も良いポジションを取れるようになったし、投げる技術も向上した。」と語る。(ESPNより)]

 

トーマスのスローイン哲学は主に三つのタイプで成り立っている。ロング、ファスト、クレバーだ。これらはそれぞれ異なる目的とルーティーンを有している。

 

トーマス「多くの人はスローインの指導と言えば、ロングスローの(ボールを遠くへ投げられるようにする)指導を思い浮かべるでしょうが、私はロング・スローイン、ファスト・スローイン、クレバー・スローインという3種類のスローインを指導しています。ロング・スローインは文字通り長い距離を投げられるようにする指導です。25~30ほどの技術的な側面について映像を使いながら指導を行います。というのも、フルバックの選手が長い距離を投げられるのはとても重要なのです。リヴァプールもそうですが、それほどロングスローを多用しないチームであっても、それでもジョー・ゴメスは世界トップクラスのロングスローを持っていますが、長い距離を投げられることはそれだけ広いエリアを活用できるということを意味するからです。」

 

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[トーマスが世界トップクラスと絶賛するロングスローを持つジョー・ゴメス。2018年11月のイングランドクロアチアの試合ではロングスローから貴重な同点ゴールをお膳立てした。]

 

トーマス「ファスト・スローインとは、素早くスローインを行うこと、あるいはカウンターアタックのようにスローインを行うことを指します。スローインにはオフサイドがありませんからね。クレバー・スローインとは、相手チームからのプレッシャーを受けている状態でもボールを保持し続けることを指します。相手チームからのプレッシャーに晒されたチームの50%以上はボールを失ってしまいます。ボールを保持し続けるのは重要ですよね。それができないと、相手にチャンスを与えることになってしまいますから。

 

成長とは、クラブが支配力を求める過程の中で達成されるものだ。リヴァプールはより良いクラブになることを求める中でスローイン、そしてトーマス・グロンネマークという指導者に目を付けた。

 

大きな欠点を直し、さらに先へ進むための小さなステップを追い求めることは長期間に及ぶプロジェクトにおいてはよくあることだ。スローインをつぶさに観察しようと思わない人には、その進歩は気付きにくいだろう。しかし、過小評価されてきたプレイ、その重要な側面が、トップクラブが注目することで明るみに出てきたのだ。