With Their Boots.

ビチャイ・スリバッダナプラバ:レスターを世界地図に載せた男

2018年10月27日、レスターのオーナーであるビチャイ・スリバッダナプラバ氏所有のヘリコプターが墜落し、同氏を含む乗員5名が亡くなりました。タイで免税店を経営するビチャイ氏は2010年にレスター・シティを買収して以来、大量の資金をクラブに投入。プレミアリーグ昇格、奇跡的な残留、5000倍のオッズを覆してのプレミア優勝など数々の伝説的な成果を挙げてきました。今回は彼がどんな人なのかを語る記事がSkyスポーツに掲載されていましたので訳しました。元記事はこちら


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[レスターのホームであるキングパワースタジアムの外には献花台が設けられ、サポーター達が亡くなったオーナーに哀悼の意を表した。]

 

Skyスポーツニュース・ミッドランドでレスター・シティを15年以上に渡って取材してきたロブ・ドーセット記者は、このクラブがビチャイ・スリバッダナプラバの支援によってチャンピオンシップ(イングランド2部)からチャンピオンズリーグへと躍進するところを見てきた。

 

2010年にビチャイ・スリバッダナプラバがレスターの経営権を買収したとき、数少ないインタビュー取材の中でクラブを買い取った理由を問われた。

 

レスターのクラブカラーが、彼の経営するキングパワー・デューティーフリー(タイに本拠を置く免税店)のカンパニーカラーと同じだからだと彼は言った。しかし、タイの富豪と彼が行った投資の裏にはもっと大きなものがあったのだ。

 

ビチャイは静かで、控えめで、気前のいい男だった。彼はレスターというコミュニティとそこに集う人々を愛していた。サポーター達も当初は彼に疑いの目を向けていたが、ビチャイは自身の言葉を守り、遠く離れた地からクラブを経営する外国人オーナーとは違うところを見せた。

 

キングパワー・スタジアム(レスターのホームスタジアム)にも頻繁に足を運び、それが出来ないときでも息子のアイヤワットが観戦している。ビジネス的な関心が渦巻く世界にもかかわらず、彼らはまさしくフットボールクラブの中心にいたのだ。

 

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[スタジアムで観戦するビチャイ・スリバッダナプラバ氏(写真右)と息子のアイヤワット氏(写真右)。]

 

ミラン・マンダリッチから当時チャンピオンシップにいたレスターを3900万ポンドで買い取った後、ビチャイはすぐにクラブが抱えていた1億300万ポンドの借金を肩代わりし、クラブの負債を無くした。

 

それ以来、大量の資金をクラブに投入し、選手層と共にインフラの改善も行った。現在も、1億ポンドをかけて新しい練習施設を建設する予定があり、自治体の許可を待っている状態だった。

 

彼はクラブのために投資をするだけでなく、サポーター達ともよく繋がっていた。アウェイゲームに向かうファンのために無料のバスを出し、自身の誕生日にはビールとケーキを振舞い、タオルマフラーも配布した。これらは大物選手を獲得することと比べたら些細なことかもしれないが、こういったことを通じてレスターファンの心を掴んでいったのだ。

 

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[ビチャイ会長が自身の誕生日を祝して、観客に無料配布したカップケーキ。これの他にビールも振舞われた。]

 

フットボールの世界を飛び越え、ビチャイはコミュニティの持つ価値を認識していた。レスター・ロイヤル病院に対して2回に分けて100万ポンドの寄付を行ったことが知られているが、それもレスターの人々への慈善活動の一つに過ぎない。これらはフットボールとは直接関係のないことかもしれない。彼は純粋にコミュニティをより良く変えよう、その一部になろう、としたのだ。

 

ビチャイはクラブで働くスタッフとも近い存在だった。ベテラン選手とも強い結びつきを持ち、彼らのためになることを求め、意見も募ってきた。

 

2016年、誰もが不可能だと思ったプレミアリーグ優勝を成し遂げたとき、彼は気前よく選手達にスポーツカーと祝勝旅行を奢ってみせた。

 

選手全員を連れ出し、カジノから高級レストランまで全て奢ったのだから、もちろんクレイジーな夜になった。それでも彼にとっては高価すぎるものも、煩わしいことも無かった。

 

しかし、クラブを運営する上での大きな決断については、彼はしっかり引き受けた。難しい話から避けることも、日々クラブの内部で働いている人々に託すこともしなかった。

 

彼が下した決断の全てが、評判のいいものではなかったかもしれない。ナイジェル・ピアソン(2011年11月から2015年6月まで指揮。プレミアリーグへの昇格と、奇跡的な残留を成し遂げた。)、クラウディオ・ラニエリ(15/16シーズンから指揮。プレミアリーグ優勝へ導いた。)、クレイグ・シェイクスピア(16/17シーズン途中から指揮。チャンピオンズリーグ準々決勝へ進出させた。)を解任したことも好意的には見られていなかった。しかし、その度にビチャイはサポーター達に自分を信頼するよう求め、大部分において彼らもオーナーを信じていた。

 

フットボールファンというものはオーナーに常に賛同する存在ではないが、ビチャイは常にレスターのサポーター達を意識しており、彼らにとって最善を尽くしてきた。クラブとそのコミュニティ周辺における彼の存在によって、サポーター達は自信を持てたのではないだろうか。

 

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[「彼はレスターの町を世界地図に載せた」(レスターサポータークラブ会長)と言われる程に愛されたビチャイ・スリバッダナプラバ氏。彼の功績、レスターへの思いはこれからも語り継がれていくことだろう。]

 

しかしながら、彼がこの町に残した最後のレガシーは、彼がもたらした史上最も有名なプレミアリーグ優勝になってしまった。レスターという町の伝説に彼の名前は刻まれ、彼と息子のアイヤワットがプレミアリーグ・トロフィーを掲げるイメージはいつまでも人々の記憶に残る。

 

レスターのファンはこれまでも彼の銅像を建てることを求めてきた。サポーター達がオーナーの銅像を求めるなんていつ以来だろう?こういった名誉は、通常は英雄的な選手に贈られるものだ。しかしながら、ビチャイは単なるフットボールクラブのオーナーを超えた存在である。そういった栄誉を受けるのに、これ以上に相応しい人はいないだろう。