With Their Boots.

世界中へ才能を出荷するベンフィカアカデミーで過ごした一日(The Guardian)

最近3年の間で下部組織出身者(Bチーム含む)を売ったことによって得た移籍金収入は2億3千万ユーロ以上。世界最高の育成機関とも称されるベンフィカのアカデミーを取材したAlex Clapham氏の記事がGuardianに掲載されていましたので、今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら。同氏によるスポルティングCPアカデミー取材記の翻訳はこちら


マンチェスターシティのエデルソンを見てください。彼がここに来たときはファヴェーラ(スラム街)出身の単なる選手で、臆病すぎてペナルティボックスを飛び出すことも出来ませんでしたよ。それが今ではプレミアリーグで最もリスクを冒せる選手になりましたね。ベルナルド・シウバも同様にトップクラスの選手です。我々は過去に彼をモナコに売却しましたが、その数週間後にはテレビの中でフランス語を話していましたよ。彼が良い例ですが、このクラブは少年達に生きるためのスキルを与えているのです。」

 

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[2017年夏、共にマンチェスターシティに加入したベルナルド・シウバとエデルソン。二人ともベンフィカの下部組織出身。]

 

こう話すのは、ベンフィカのU-15チームの監督を務めるルイス・ナシメントだ。場所はテーガス川の土手、ベンフィカが誇るカイシャ・フトボル・キャンパスだ。

 

2006年、エウゼビオという人がこのフットボールセンターを開設した。そこには国外からも65人の少年達が集まって寮生活を送っている。ピッチは9面を備え、ドレッシングルームは20部屋、講堂は2つあり、世界最先端のジムが3カ所。選手を360度囲んだパネルの明滅とブザーに応じてボールが射出され、それをコントロールしてから指定された的に蹴り返す360Sシミュレータという装置が設置されているラボもある。そこで選手達はテクニックの向上に努め、映像分析を受け、栄養学や心理学のテストも行われる。このシミュレータはドルトムントが使い始めたことでよく知られるフットボーナウトのようなものだが、ベンフィカが使用しているのはパネル上にロボットのような選手の映像を流すこともできる。若い選手達は10フィートの中でボールをコントロールし、動く的に向かって蹴ることによって反応速度、視野、実行精度などを測るのだ。

 

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[ベンフィカのアカデミーで使われている360Sシミュレータ。パネルに映る画像は練習メニューに応じて変わり、技術、認知など様々な分野を鍛え上げる。]

 

ナシメントは語る。「ユース年代というのはベンフィカにとって非常に大切な分野です。競技成績においても、社会的にも、経営的にもね。私達は“トレーニング”に限った話を選手達にすることはありません。“教育”にも触れるようにしています。選手達の学業成績もモニタリングされていますし、全ての年代で勉強を頑張るよう指導しています。全ての年代の選手達に一定の技術水準と教育的な部分での成熟を保証することがミッションです。ファーストチームへ上がることに集中するとともに、尊敬、責任、団結、正義、寛容といった人としてのバリューも伸ばしていきます。」

 

 

 

U-15の選手達が練習場にやってきた。すると、全ての選手達がオフィスに来ては私と握手をしていくのだ。彼らはみな「こんにちは」と挨拶をしてくれた。中には少し頭の薄くなった警備員をからかうことに熱心な子もいたが、どれも楽しいものだった。ここが特別な場所であり、来られたことがいかに幸運なことかを思い知った。そして、こういった若者たちが感じていることがどれほどスペシャルなものかを想像した。

 

このクラブには高水準のリスペクトがある。スタッフとはファーストネームで語り合い、キッチンで働く人と冗談を言い合い、清掃員のためにドアを押さえてあげているのだ。ベンフィカが選手売却クラブとして評判を高める中で、若手選手達はクラブがしっかり面倒を見て成長させてくれることを分かっている。昨シーズンの終わりにはベンフィカU-21に所属する54人もの選手がプロ契約のオファーを受けたが、出て行く選手によって得た金はアカデミーへと投入されていく。最近3年間でベンフィカはアカデミー出身の選手を売却することによって2億3千万ユーロ以上の収入を得てきた。

 

ベンフィカというクラブにはユース組織からポルトガル2部で戦うBチームへ上がるという確固たる成長ルートがある。現在のBチームにはアカデミーの卒業生が16人所属している。彼らは(ユースの試合よりも)タックルが強く、試合中の汚い駆け引きも満載で、勝利こそが全てという大人のリーグで戦っている。ベンフィカのアカデミーでは“勝つための成長”というモットーが明確に機能している。カイシャ・フトボル・キャンパスをオープンした2006年以降、彼らはスポルティングポルトといったライバルクラブをユースレベルの大会で上回ってきた。

 

U-13チームから一貫して4-3-3を用いることで、10代の間に特定のアイデアを浸透させる。フィジカル的に成長していない子を守るために、またはより大きく強い相手にチャレンジさせるために異なる年代のグループでプレイさせることも珍しくない。13歳の頃から選手達は7時間ほどを練習施設で過ごし、そのうち90分から120分は“ラボ”にいる。そこで彼らは心理学、生理学、栄養学、理学療法、映像分析、そして360Sシミュレータでの練習に取り組む。

 

夕方の練習が始まる前にもU-15の選手達は私に今日2度目の挨拶をしてくれた。ピッチ脇にコーチの一団が陣取っていたのだが、その横には運動生理学者とフィジオセラピストがいて、各年代のチームを担当する映像分析官が練習と試合の様子を撮影している。たった一つのキックすら漏らさないようになっているのだ。

 

選手達と手がヒリヒリするほどのハイタッチを交わしたことで私は一つ発見をした。ここには本当に多くの選手達がいるのだ。U-13から上の年代では、それぞれのスカッドはゆうに3チーム作れるくらいの選手を抱えている。この戦略によってクラブは国内のいたるところから優秀な選手を惹きつけることができ、それだけでなく選手間の競争意識も作ることができる。全ての選手がチームメイトとユニフォームを争うのだ。彼らは子供だが、無慈悲な競争者を育てる環境に置かれている。

 

34人の選手が準備を終え、運動生理学者とのウォームアップをこなすと、コーチのナシメントが呼び寄せて練習メニューを発表する。アカデミーでの勤続年数が10年以下のコーチはおらず、道徳的な部分と信頼はしっかり築かれているけれども、練習が始まって12分ほど経ってからナシメントが見せた姿は“気の良いおじさん”とは程遠いものだった。そこにあるのはディティールに拘り抜き、選手がうんざりし始めた後でも40分も練習のやり直しをする男の姿だ。

 

カップ戦まで二晩しか残されていない中で、ワイドのエリアからの攻撃について練習が行われた。ウィングが片方のサイドで数的優位を作ってからサイドチェンジをしたり、ウィングバックのオーバーラップを使ったりするものだ。プレイや動きのタイミングがきっちり定められた練習で、全てのタッチ、パス、動きに完璧さが求められる。

 

練習を一通り終えた後、選手達はセンターサークルに呼び戻された。7分ほどの話し合いを経て、再び各自のポジションに戻っていく。続いて展開されたのは、コーチが想像していたのとほとんど同レベルの完璧なプレイだった。ディフェンダーをやっつけてからクロスに合わせるストライカーや3対2を作り出す高速カウンターなどボスが目指してきたものを選手達は表現した。クオリティは格段に向上したが、自動化されるまでさらに練習は続いた。

 

「選手達からベストを引き出すためには、彼らから信頼を得て、『今、何をしているのか』と『何故、しているのか』を理解させなければなりません。私は現在指導している選手が子供だった頃から見ていますから、どこを刺激すればいいかを分かっています。水曜日の対戦相手は最終ラインに6人の選手を投入しコンパクトな低いブロックを作るチームです。リスクを冒せる者が必要なのです。」とナシメントは一日の終わりに語ってくれた。

 

「私達は選手個人の人間の部分にたくさんの時間をかけて働き掛けてきました。そして、映像分析はそれぞれの選手に自己批評をさせます。責任をしっかり理解し、集団のために犠牲心を持てるようになり、人として正しい姿勢を身に着けてから、我々は選手達をチームという環境の中で扱い、試合に勝つ術を伝えるのです。」

 

これこそが鍵である。一人の人間として学び、成長し、それから若者達は試合に勝つことの重要性を教わるのだ。

 


 

 <訳者追記>

【過去3年間でベンフィカが行った主な下部組織出身選手の取引】

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※移籍金の単位はユーロ。