With Their Boots.

ベルギー代表の3分の1を育て上げたアンデルレヒトのアカデミー取材記(The Guardian)

先のワールドカップで大躍進の3位となったベルギー代表。そのメンバーの実に3分の1以上は、R.S.Cアンデルレヒトというクラブの下部組織で育ちました。多くのタイトル獲得歴を持つベルギー屈指の名門クラブであり、選手育成の面でも非常に高い評価を受けています。今回は、これまで数々の欧州クラブのアカデミーを訪問したAlex Clapham記者による取材記事を訳しました。元記事はこちら


ペーデ公園にある湖の周りを走り終えて建物に戻ってきた若い選手達は、みな握手とチークキスをしてくれた。U-21の選手達は壁に掲げられたロメロ・ルカクの肖像を通りすぎ、ジムへと向かう。

 

「我々が学校との協力を始めたのは、ロメロ(・ルカクの父親のおかげです。」こう話すのはジーン・キンダーマンアンデルレヒトのアカデミーでダイレクターを務める人物だ。「15歳の頃にロメロは有名になり始めて、彼に興味を示すクラブもたくさん出てきました。私は彼の父に『リール、ランス、オセールサンテティエンヌが息子の獲得を検討している。これら全てのクラブは学校も寮もフットボールに関係する教育も提供してくれるそうだ。全てがあるんだ。』と言われました。それから数か月後、我々はパープル・タレント・プロジェクトを開始しました。10年以上経った今では、パープル・タレント・プログラムと呼ばれています。もはやプロジェクトの段階ではないからです。」

 

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[ベルギー代表不動のストライカーであるロメロ・ルカクアンデルレヒトのアカデミー出身。]

 

「ロメロは毎朝の食事に1時間ほどかける子でした。それから勉強をしに行っていましたね。私達は子供達に過剰な情報を与えることを好みません。短い時間でインテンシティ高く活動する方が、同じことをダラダラと長い時間やるよりも良いのです。他の人と社会的な触れ合いを持つこと、様々な趣味や興味を持つことも重要です。」

 

ブリュッセルの郊外、シャレーが建ち並ぶ絵に描いたような地方の公園と教育機関の中にアンデルレヒトのトレーニングセンターは佇んでいる。この場所からお馴染みの名前が何人も選手として産声を上げてきた。その中にはロシアW杯に出場したベルギー代表23人のうちの8人も含まれている。前述のルカクヴァンサン・コンパニレアンデル・デンドンケルユーリ・ティーレマンドリエス・メルテンスアドナン・ヤヌザイミシー・バチュアイマルアン・フェライニは全てここで成長したのだ。スカッド全体の3分の1を占め、今大会8得点を挙げている(ベルギー代表のチーム総得点は16点)。

 

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[ロシアW杯に参戦したベルギー代表23人のうち、実に8人がアンデルレヒトのアカデミー出身者だ。]

 

キンダーマンは、地元の才能を見つけ出し代表選手へと育て上げるコツを自然に誇る。「U-13の年代で11人制のフットボールに移行する前の段階では、ブリュッセルに住む最高の選手を集めようとしています。U-6からU-12の年代では、地元に住む選手にだけ注目しています。特徴、年齢、文化、親に応じて、もしも本当にスペシャルな選手であれば遠く離れた場所の選手も見に行くかもしれません。しかし、その年代の少年を家族から引き離して生活させるのは非常に難しいものです。」

 

U-17の選手達はコーチのヌールディン・ムクリムの下で腕を磨いている。小さなロンド(鳥かご)は大きなポゼッション練習へと発展していく。ムクリムは10分か15分ごとに説明するために選手の輪の中に入る。U-15チームの練習場では、フィニッシュの練習が行われており、ウィングの選手がカットインしてインスイングのクロスを送っている。その中の一人のフルバックの出来に頭を悩ませてそうなコーチもいる。批判を受けたにもかかわらず、その選手は何の言い訳もしなかった。

 

キンダーマンは言う。「私達は全ての選手にそれぞれの方法で接しなくてはいけません。ここには本当に多くの地域、文化、言語、ナショナリティが集まっています。それぞれの子供達は、みんな異なる反応を見せます。個々のバックグラウンドへの適応が大切なのです。」

 

アンデルレヒトはストリートなんです。社会を映す鏡です。ブリュッセルはロンドンやパリのような大都市で、(アンデルレヒトが備える)多文化性は我々にとってアドバンテージです。ヴァンサン・コンパニについて言えば、彼はベルギー人の母親とアフリカ出身の父親との間に生まれました。派手な車も持たない慎ましい家庭で育ち、ブリュッセルの中心地で教育を受けていました。彼はトラム(路面電車)に乗ってここへ来て、練習後はバスに乗って帰宅していました。彼はストリートに影響を受けた人間と言えるでしょう。」

 

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[アンデルレヒトでプレイしていた頃のコンパニ。17歳でトップチームデビューを果たして以降、ハンブルガーSVへ移籍するまでに103試合に出場した。]

 

「ヴァンサン(・コンパニ)はとても賢い男です。水晶玉は持っていませんが、将来的に彼がここに帰ってきて重要なパートを担ってくれると確信しています。彼は天性のリーダーです。そのことを知るのに心理学の学位は必要ありませんね。会話したりジョークを言い合っていたりするときでさえ、彼は違っていました。本能的に人をグループとしてまとめ上げ、行く先々で大きな影響を与えるタイプですね。ピッチ上よりもその周辺でより多くのクオリティを持っていました。」

 

キンダーマンはコンパニのような威厳ある個性を持った選手を求めている。「毎年のようにクラブを変えるコーチは好きじゃありません。安定性こそが鍵です。我々のコーチ陣は心理学者や教育学者から頻繁に指導を受けています。ここでは元選手のコーチと学者コーチが共存しています。人にはそれぞれの信念があるのは確かですが、一種類の考え方しか持っていないのでは不十分です。生涯にわたって学び続ける人、ピープル・マネージャー、そして心理学者になる必要があります。指導者になることの神髄は、あなたが持つ考えを選手に落とし込み、理論に投資してもらうことにあります。」

 

「子供は変わりましたし、フットボールも変化しました。私はコーチ達にチャンピオンズリーグの試合を見せ、それを分析させています。モダンなフットボールに囲まれて過ごすことは重要ですよ。かつて70%のボール保持率を目指した時代がありましたが、それで何もしないのならボールを保持し続けることの何が良いというのでしょう。現在の我々は、70%のプログレッシブ(ゴール方向へ進んでいくための)で効果的なボール保持に取り組んでいます。全ての練習にフィニッシュについてのメニューも盛り込んでいます。そうしないと、ボールを保持できていても全ての試合に1-0で敗れることになります。クラブで掲げているトレーニング・フィロソフィーは“ボールを勝ち取る。ボールをキープ。前進。創造。フィニッシュ。勝利。”です。これはこの施設にいる全ての人に説いていることです。」

 

「教育的な要素のみを求めたらウイニング・スピリットを失う可能性があります。しかし、勝利のための指導だけを行うのも良くありません。バランスが必要です。これが、偉大なフットボーラーを作り上げるだけでなく、完璧な選手を育てるサイクルを我々が作り上げようとしてきた所以です。(選手として)確立していく時点でこれら全てのことを上手くやれれば、フットボールという競技を制することになるでしょう。」

 

「このアカデミーでは3-4-3システムから始めて、U-15のレベルに向かって4-3-3へ発展させていきます。ただ、柔軟性を持つ必要もあります。自軍の長所、短所、相手の状態、シーズンのどの時点か、試合の重要性などに応じてやっていきます。16歳か17歳になったら、アンデルレヒト・ウェイ(アンデルレヒトの戦い方)で勝利することが期待されます。もっと若い年代の選手は、3-4-3の中で楽な状態でプレイさせますが、ポジションは定期的に変えていきます。私はゴッドファーザーなどではありませんが、多様性を持った選手を育てることは、知性を持った賢い人間を育てることにつながると信じています。もし彼らが(我々の指導に)従い、よく聞き、ハードワークしてくれたら、彼らがどんな高みへ行けるかは楽しみになりますね」

 

練習場の向こうに太陽が沈む。U-21の選手達は一日の練習を終えた。彼らがジムを出て行くとき、強度向上とコンディショニングを目的とするエクササイズを続けている年下の選手を励ますようなチャントを歌っていた。彼らの背後にある壁には、『ハードワークは才能に勝る』と書かれてあった。