With Their Boots.

ゴールキーパーは過小評価されている?(The Guardian)

2018年7月、リヴァプールがローマからアリソンというゴールキーパーを獲得しました。報道によると、彼の移籍金はボーナス等を全て含めれば7500万ユーロ(約98億円)。2001年、ユヴェントスジャンルイジ・ブッフォンパルマから引き抜いた際に支払った5200万ユーロを上回り、GKとしては過去最高の移籍金です。しかし、フィールドプレイヤーが1億ユーロを超える額で移籍することが珍しくなくなった現代では、いささか大人しい額に思えます。GKに対して付けられた値札は果たして正当なものなのか?不当であるならば、それを証明する方法はあるのか?これらを題材にした記事がThe Guardianに掲載されていましたので訳しました。元記事はこちら

(※記事中の数字や表現等は、基本的に記事が公開された2018年5月段階のものとなります。)


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まずはジャンルイジ・ブッフォンアリーヴェデルチ(イタリア語で「また逢う日まで」「さようなら」)と伝えよう。引退を遠ざけるハンドブレーキは無いだろうが、日曜のヴェローナ戦は彼にとっての最後の試合となるかもしれない。1995年にデビューした頃、まだ10代だったアクションヒーローはピンクとブラックに彩られたパルマのユニフォームを着て、ジョージ・ウェアロベルト・バッジョなどのミランのオールスターズに臆することなく立ち向かった。それから約900試合を経験した彼は、年に1個の割合でトロフィーを掴んできたプーマのワングリップを外した。(その後、パリ・サンジェルマンブッフォンの獲得を発表。彼の現役生活はこれからも続いていく。)

 

ワールドカップとUEFAカップをそれぞれ1回、コッパ・イタリアを5回、イタリア・スーパー・カップを6回、ヨーロッパU-21選手権を1回、スクデットを何度も……そしてブッフォンはもう一つ栄誉を持っている。Transfermarktの調査による移籍金ランキングのトップ50に唯一GKとして名を連ねているのだ。彼が€5200万でユヴェントスへ移籍したのは17年も前のことであるにもかかわらず、である。

 

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[2001年、当時23歳のブッフォンパルマからユヴェントスへ移籍。その際に発生した移籍金5200万ユーロは、2018年7月にアリソンが破るまで長らくGKの最高額だった。]

 

2001年当時、その金額はクレイジーなものに感じられたが、今考えれば世紀のバーゲンの一つに思えてくる。しかし、貴婦人(ユヴェントスの愛称)に思い切って続こうとするクラブはほとんど現れなかった。さらに、€1500万(£1320万)以上の移籍金が掛かったGKも11人しかいない。セオ・ウォルコットやギド・カリージョに£2000万の値が付いていた世界において、その事実は奇妙なことに思える。しかし、ニック・ハリスが運営するSporting IntelligenceというWebサイトによれば、これは広範囲に適用可能なトレンドを表しているのだという。彼の集計によると、ゴールキーパーディフェンダーミッドフィルダー、ストライカーのどれよりも安い給料で雇われており、フィールドプレーヤーと比較して評価額も低くなっている。

 

例えば、2005-06シーズンのプレミアリーグにおいて、キーパーは平均して£53万3000の給料を受け取っていたが、これは全選手の平均給与£67万6000の79%に満たない数字である。2016-17シーズンではキーパーの平均給与は£168万(約2億4000万円)だが、基本給のリーグ平均£240万(約3億5000万円)と比較して69%ほどの数字に過ぎない。

 

キーパー達への評価が極度に過小に行われていることは明らかである。そこで問題になるのは、その過小評価を証明できるのか?ということだ。

 

ブレントフォードイングランド)とFCミッティラン(デンマーク)で選手リクルートにも携わる傍ら、フットボールコンサルティングサイトStats Bombの運営もしているテッド・ナットソンは可能だと信じている。彼は先週、サウスバンク大学で行われた講演会で他のポジションの選手よりもキーパーを評価するのはハードであると語った。彼らは相手の攻撃を跳ね除け、味方に対して正確にボールを配り、攻撃の始点となり、クリーンシート(無失点)で終えなければならない。しかし、既存のデータはこれらの能力の強み・弱みを適正に評価するものではない。

 

例えば、セーブ率は全てのシュートがキーパーの喉元に飛んで来れば意味を失う。よりしっかりと失点数を予測する指標であるゴール期待値(xG*1と比較することでキーパーのパフォーマンスを測ることもあるが、(シュートした選手への)守備側のプレッシャーやシュートのパワーは考慮されていない。

 

ナットソンは、スウォンジーの元監督だったボブ・ブラッドリーにミッティランの監督職についてのインタビューを行ったときのことを振り返った。ブラッドリーはデータを活用することについては快諾しながらも、xGが持つ明確な穴を指摘した。「二人の守備者に張り付かれている状態の選手が、(ゴールから)6ヤードの距離からヘディングシュートを撃った場合、それをグッドチャンスとは言えないよね。事実として、得点することが難しいことを分かってる」と彼は言った。

 

ナットソンは彼が的を射ていると認めた。「しかし、私は世界中30ものリーグを見回して、まだ評価額が高くなっていない選手を探さなくてはいけません。2万人の選手を複数シーズンに渡って見渡すことは無理です。」ナットソンはそう返答した。

 

しかし、現在のナットソンは、チャンスとゴールキーパーを評価するのに、より信頼できる方法があると信じている。重要な突破口になったのは、プレミアリーグで撃たれた全てのシュートの速度が計測可能になったことだ。(驚くべきことではないが、長距離からのシュートではリヤド・マフレズとハリー・ケインが上位である。)そして、データによってシュートが撃たれた時点での選手の配置、ゴールキーパーが動いているのか、止まっているのか、グラウンドに倒れているのかも分かるようになった。

 

これにより、スカウトやアナリストはたくさんの情報を得られるようになった。キーパーのリアクションタイムを評価することもできるため、他のリーグでプレイするキーパーと比較してポジショニングがどれほど優れているのかが分かる。さらに、究極的にはセーブ自体がどれほど良いのかも分かるのだ。ナットソン曰く、このことはフットボールの世界を変えてしまう可能性があるという。

 

このデータを用いて、スタッツボムで彼と共に活動するデリック・ヤムは、2017-18シーズンのプレミアリーグのキーパーをランク付けした。予想通りだが、ダビド・デ・ヘアが首位になった。彼が今季喫した失点数は、平均的なキーパーが喫すると予想される期待値より8点も少なかった。アーセナルペトル・チェフが最下位で、彼は期待値より6点も多く失点した。(リヴァプールシモン・ミニョレも似たような数字だった。)

 

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[マンチェスター・ユナイテッドの正GKを務め、プレミアリーグ屈指の評価を受けるダビド・デ・ヘア。大きな身体と冷静な判断力、類まれな反応速度を武器に数多くのビッグセーブを繰り出してきた。]

 

デ・ヘアがチェフより優れていることは誰しもが理解している。ただ、このような数字を得ることによって、我々は各選手の価値をより良く測ることが出来る。ナットソンはこう語る。「平均的な失点期待値を8点下回るというのは凄いことです。毎シーズン平均して10点あげるストライカーは£2000万(約30億円)の価値があります。年齢やその他の要素によるところもありますが、そこからさらに8得点上積みできるなら、そのストライカーの価値は3倍になりますよ。

 

そして、もしデ・ヘアの並外れたパフォーマンスが複数シーズンに渡って繰り返されるものならば―数字はそれが可能だと示している―彼、あるいは他のトップレベルの若手キーパーは少なくとも£5000万(約73億円)や£6000万(約88億円)の値が付くべきだ。

 

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[現地7月19日にローマからリヴァプールへの移籍が発表されたアリソン。移籍金は満額7500万ユーロ(約98億円)とも報道されており、ブッフォンが長らく保持していたGKの移籍金記録を塗り替えた。]

 

選手寿命はもう一つの要素として有利に働く。30代に向かう中で、選手達のフィジカルが低下していくことは皆知っている。しかし、ゴールキーパーの力の衰えはゆっくりとしているし、リアクションが衰えたとしても試合を良く読むことによって補っている。

 

数年前のユヴェントスに、ブッフォンを獲得した後のことを見通せる人はいなかったはずだ。彼は日曜に、愛してやまないクルバ・スッド・シレアの前で自身7度目のスクデット獲得を誇る。

*1:主にシュートした地点、ラストパスの性質、体のどこでシュートしたかなどを参考に算出された数値。