With Their Boots.

世界中へ才能を出荷するベンフィカアカデミーで過ごした一日(The Guardian)

最近3年の間で下部組織出身者(Bチーム含む)を売ったことによって得た移籍金収入は2億3千万ユーロ以上。世界最高の育成機関とも称されるベンフィカのアカデミーを取材したAlex Clapham氏の記事がGuardianに掲載されていましたので、今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら。同氏によるスポルティングCPアカデミー取材記の翻訳はこちら


マンチェスターシティのエデルソンを見てください。彼がここに来たときはファヴェーラ(スラム街)出身の単なる選手で、臆病すぎてペナルティボックスを飛び出すことも出来ませんでしたよ。それが今ではプレミアリーグで最もリスクを冒せる選手になりましたね。ベルナルド・シウバも同様にトップクラスの選手です。我々は過去に彼をモナコに売却しましたが、その数週間後にはテレビの中でフランス語を話していましたよ。彼が良い例ですが、このクラブは少年達に生きるためのスキルを与えているのです。」

 

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[2017年夏、共にマンチェスターシティに加入したベルナルド・シウバとエデルソン。二人ともベンフィカの下部組織出身。]

 

こう話すのは、ベンフィカのU-15チームの監督を務めるルイス・ナシメントだ。場所はテーガス川の土手、ベンフィカが誇るカイシャ・フトボル・キャンパスだ。

 

2006年、エウゼビオという人がこのフットボールセンターを開設した。そこには国外からも65人の少年達が集まって寮生活を送っている。ピッチは9面を備え、ドレッシングルームは20部屋、講堂は2つあり、世界最先端のジムが3カ所。選手を360度囲んだパネルの明滅とブザーに応じてボールが射出され、それをコントロールしてから指定された的に蹴り返す360Sシミュレータという装置が設置されているラボもある。そこで選手達はテクニックの向上に努め、映像分析を受け、栄養学や心理学のテストも行われる。このシミュレータはドルトムントが使い始めたことでよく知られるフットボーナウトのようなものだが、ベンフィカが使用しているのはパネル上にロボットのような選手の映像を流すこともできる。若い選手達は10フィートの中でボールをコントロールし、動く的に向かって蹴ることによって反応速度、視野、実行精度などを測るのだ。

 

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[ベンフィカのアカデミーで使われている360Sシミュレータ。パネルに映る画像は練習メニューに応じて変わり、技術、認知など様々な分野を鍛え上げる。]

 

ナシメントは語る。「ユース年代というのはベンフィカにとって非常に大切な分野です。競技成績においても、社会的にも、経営的にもね。私達は“トレーニング”に限った話を選手達にすることはありません。“教育”にも触れるようにしています。選手達の学業成績もモニタリングされていますし、全ての年代で勉強を頑張るよう指導しています。全ての年代の選手達に一定の技術水準と教育的な部分での成熟を保証することがミッションです。ファーストチームへ上がることに集中するとともに、尊敬、責任、団結、正義、寛容といった人としてのバリューも伸ばしていきます。」

 

 

 

U-15の選手達が練習場にやってきた。すると、全ての選手達がオフィスに来ては私と握手をしていくのだ。彼らはみな「こんにちは」と挨拶をしてくれた。中には少し頭の薄くなった警備員をからかうことに熱心な子もいたが、どれも楽しいものだった。ここが特別な場所であり、来られたことがいかに幸運なことかを思い知った。そして、こういった若者たちが感じていることがどれほどスペシャルなものかを想像した。

 

このクラブには高水準のリスペクトがある。スタッフとはファーストネームで語り合い、キッチンで働く人と冗談を言い合い、清掃員のためにドアを押さえてあげているのだ。ベンフィカが選手売却クラブとして評判を高める中で、若手選手達はクラブがしっかり面倒を見て成長させてくれることを分かっている。昨シーズンの終わりにはベンフィカU-21に所属する54人もの選手がプロ契約のオファーを受けたが、出て行く選手によって得た金はアカデミーへと投入されていく。最近3年間でベンフィカはアカデミー出身の選手を売却することによって2億3千万ユーロ以上の収入を得てきた。

 

ベンフィカというクラブにはユース組織からポルトガル2部で戦うBチームへ上がるという確固たる成長ルートがある。現在のBチームにはアカデミーの卒業生が16人所属している。彼らは(ユースの試合よりも)タックルが強く、試合中の汚い駆け引きも満載で、勝利こそが全てという大人のリーグで戦っている。ベンフィカのアカデミーでは“勝つための成長”というモットーが明確に機能している。カイシャ・フトボル・キャンパスをオープンした2006年以降、彼らはスポルティングポルトといったライバルクラブをユースレベルの大会で上回ってきた。

 

U-13チームから一貫して4-3-3を用いることで、10代の間に特定のアイデアを浸透させる。フィジカル的に成長していない子を守るために、またはより大きく強い相手にチャレンジさせるために異なる年代のグループでプレイさせることも珍しくない。13歳の頃から選手達は7時間ほどを練習施設で過ごし、そのうち90分から120分は“ラボ”にいる。そこで彼らは心理学、生理学、栄養学、理学療法、映像分析、そして360Sシミュレータでの練習に取り組む。

 

夕方の練習が始まる前にもU-15の選手達は私に今日2度目の挨拶をしてくれた。ピッチ脇にコーチの一団が陣取っていたのだが、その横には運動生理学者とフィジオセラピストがいて、各年代のチームを担当する映像分析官が練習と試合の様子を撮影している。たった一つのキックすら漏らさないようになっているのだ。

 

選手達と手がヒリヒリするほどのハイタッチを交わしたことで私は一つ発見をした。ここには本当に多くの選手達がいるのだ。U-13から上の年代では、それぞれのスカッドはゆうに3チーム作れるくらいの選手を抱えている。この戦略によってクラブは国内のいたるところから優秀な選手を惹きつけることができ、それだけでなく選手間の競争意識も作ることができる。全ての選手がチームメイトとユニフォームを争うのだ。彼らは子供だが、無慈悲な競争者を育てる環境に置かれている。

 

34人の選手が準備を終え、運動生理学者とのウォームアップをこなすと、コーチのナシメントが呼び寄せて練習メニューを発表する。アカデミーでの勤続年数が10年以下のコーチはおらず、道徳的な部分と信頼はしっかり築かれているけれども、練習が始まって12分ほど経ってからナシメントが見せた姿は“気の良いおじさん”とは程遠いものだった。そこにあるのはディティールに拘り抜き、選手がうんざりし始めた後でも40分も練習のやり直しをする男の姿だ。

 

カップ戦まで二晩しか残されていない中で、ワイドのエリアからの攻撃について練習が行われた。ウィングが片方のサイドで数的優位を作ってからサイドチェンジをしたり、ウィングバックのオーバーラップを使ったりするものだ。プレイや動きのタイミングがきっちり定められた練習で、全てのタッチ、パス、動きに完璧さが求められる。

 

練習を一通り終えた後、選手達はセンターサークルに呼び戻された。7分ほどの話し合いを経て、再び各自のポジションに戻っていく。続いて展開されたのは、コーチが想像していたのとほとんど同レベルの完璧なプレイだった。ディフェンダーをやっつけてからクロスに合わせるストライカーや3対2を作り出す高速カウンターなどボスが目指してきたものを選手達は表現した。クオリティは格段に向上したが、自動化されるまでさらに練習は続いた。

 

「選手達からベストを引き出すためには、彼らから信頼を得て、『今、何をしているのか』と『何故、しているのか』を理解させなければなりません。私は現在指導している選手が子供だった頃から見ていますから、どこを刺激すればいいかを分かっています。水曜日の対戦相手は最終ラインに6人の選手を投入しコンパクトな低いブロックを作るチームです。リスクを冒せる者が必要なのです。」とナシメントは一日の終わりに語ってくれた。

 

「私達は選手個人の人間の部分にたくさんの時間をかけて働き掛けてきました。そして、映像分析はそれぞれの選手に自己批評をさせます。責任をしっかり理解し、集団のために犠牲心を持てるようになり、人として正しい姿勢を身に着けてから、我々は選手達をチームという環境の中で扱い、試合に勝つ術を伝えるのです。」

 

これこそが鍵である。一人の人間として学び、成長し、それから若者達は試合に勝つことの重要性を教わるのだ。

 


 

 <訳者追記>

【過去3年間でベンフィカが行った主な下部組織出身選手の取引】

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※移籍金の単位はユーロ。

 

 

 

 

 

デジタルスカウティングツールWyscoutは現役選手をもサポートする(SKY)

各国リーグの試合映像を網羅し、さらにそれらを選手やプレイの種類ごとにタグ付けし、各種スタッツと共に公開している有料会員制スカウティングツールWyscout(公式HP)。その有用性は今や世界中のクラブや代理人にとってお馴染みのものとなりました。その波は現役の選手にまで及んでいるようで、チェルシーに所属するブラジル代表ウィリアンも自身のパフォーマンスをチェックするために利用しているという記事がSKYに掲載されていました。今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら


Wyscoutは2004年の公開以来、新戦力のスカウティングを人間による目利きからデジタルなモノへと変貌させる過程で重大なパートを担ってきた。そして今、ウィリアンのようなトッププレイヤーまでもが活用している。

 

プレミアリーグにおける95%ものクラブがトレーニングオフィスでWyscoutを使うことで快適に世界中の選手のスカウティングを行っている。そして、それは87の国と地域におけるトップリーグでも同様の光景である。

 

Wyscoutはパソコン、携帯電話、タブレット端末で各国500以上のリーグの選手データと映像を閲覧することが出来る会員制サービスであり、ユースやセミプロのレベルまでカバーしている。

 

クラブのスカウトや代理人はこれを用いて選手の成長を追っていく。次世代の有望株を継続して見続けることも出来るし、必要があれば新たなターゲットを探すことも出来る。

 

CEOのマッテオ・カンポドニコは、今年の1月に行われた移籍交渉の大半はWyscoutから始まったと信じている。そして、Skyスポーツとの独占取材において「目当ての選手を最初に見る場所はフィールドからWyscoutになりました。移籍交渉の世界に、ある種の民主主義を持ち込んだと言えるでしょう。全てのクラブが世界中どんな選手であっても見ることが出来ます。」と語った。

 

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[WyscoutのCEOマッテオ・カンポドニコ氏。大学卒業後、IT系企業就職を経て2004年にWyscoutを起業した。]

 

「実際に選手のプレイを見ずに獲得した、とクラブの人が言っていたのを覚えています。移籍市場のラスト数日ではよくある話です。選手を見る時間なんてありませんからね。誰かの評判を信頼するしかないのです。しかし今では、選手のプレイを見てから信頼をすることが出来るのです。」

 

所属選手達にパフォーマンスデータを見せるクラブもいくつかある。レスターは早いうちからこういった取り組みをしたクラブの一つで、2015/16シーズンにリーグ優勝をしたときには大きな助けとなった。レスターは選手達にiPadを支給し、試合やトレーニングでの映像を見せたり、新加入の選手への事前説明にも使ったりしていた。

 

しかし、現在は選手が自身のパフォーマンス分析をする時代だ。チェルシーのウィリアンはWyscoutを用いて自身のパフォーマンスを確認するエリート選手のうちの一人である。彼は試合で出した全てのパス、全てのインターセプション、全ての空中戦、全てのスローインを映像で見ることができ、そこから学ぶことで成長につなげている。

 

対戦相手についての事前準備にも用いることが出来るし、他のリーグで活躍する選手を見て学びを得ることも出来る。さらに、ウィリアンの父であるセベリーノ・ダ・シルバも息子のプレイをフォローするためにWyscoutを使っている。彼は「Wyscoutは全てのプロサッカー選手にとってパーフェクトなツールです。息子のパフォーマンスを確認するために必要なことが全て詰まっています。そして、それはブラジルだけでなく全世界の選手にとっても同様でしょう。」と語る。

 

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[Wyscoutに公開されているウィリアンの情報ページ。詳細な個人スタッツや試合中の各種プレイ映像を見ることが出来る。]

 

プロだろうがアマチュアだろうが全てのフットボーラーがWyscoutのアプリをダウンロードして自身の成長に役立ててほしいというのが、Wyscoutが持つ野望だ。

 

カンポドニコは「コーチがビデオを使って私を指導してくれたのがWyscout開発のきっかけです。マルコ・ファン・バステンロベルト・バッジョの映像を使っていました。コーチが私に見せてくれた全ての動きを覚えていますよ。こういったインタラクティブなやり方についても研究しています。Wyscoutは今や世界中全ての選手にとっての教材です。新しいアプリを公開して以来、我々はこのアイデアを発信してきました。」と語る。

 

ジャーナリストたちもまた、Wyscoutを利用し始めている。特に移籍関連の話題の場合、一般的には情報は様々なソースから断片を集めて、それらをジグソーパズルのように統合することで記事を作る。

 

Wyscoutはその作業の助けにもなる。例えば、各指標に基づいて選手を順位付けするパワーランキング機能は検索機能付きで情報を提供してくれる。各局のリポーターにクラブが狙う選手のタイプについて学ばせ、彼らに適切な質問が出来るようにする。

 

試合の分析を行う解説者の助けにもなる。ベースとなるデータはWyscoutから得られるので、あとはそれを視聴者の興味を引くように加工するのだ。

 

「ジャーナリストが、コーチが行うように試合の分析を行うのは当然のことになりました。TwitterInstagramを開き、スタッツを確認するのも普通のことです。このレベルのフットボール分析は今や世界中、どんなレベルのリーグでも見られます。これら全てが、我々が担う分野なのです」とはカンポドニコの言である。

 

「2015年から我々はデータに関する大きな製品を始めました。クラブ、コーチ、スカウト、ゴールキーパーコーチ、代理人、ジャーナリストに向けて作ったものです。データは重要ですが、それだけでは不十分です。フットボールを理解するためには映像が必要だと我々は確信しています。Wyscoutにある新たな製品のほとんどは、データとビデオを融合させたものです。」

 

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[Wyscoutの製品紹介ページ。代理人向け、スカウト向け、選手向けなど様々な顧客向けに最適化されたプランの中から必要に応じて選択する方式だ。全ての国、リーグの映像にアクセスできるプランは月額300ユーロ。]

 

SKYスポーツがマッテオ・カンポドニコに取材をしたのは、彼のホームタウンにしてWyscout創立の地でもあるキアーヴァリにあるWylabだ。Wyscoutはそこでノイズフィード(クラブ、メディア、ジャーナリストなど様々な媒体から出ているニュースをまとめて閲覧できるサービス)などのスタートアップ企業の手助けをし、彼らに足掛かりを提供している。

 

カンポドニコは語る。「現代フットボールの最高峰では、我々は素晴らしい仕事をしてきました。しかし、当たり前のことですが立ち止まることはあり得ません。もっと何かをしたい。夢はまだ終わっていません。我々が起業したとき、フットボールの世界にいる全ての人にWyscoutを使ってもらえたら最高だと夢見ていました。いつか世界中にいる全ての選手にWyscoutを使ってほしいですね。」

 

フランクフルトが描く欧州挑戦への道筋(DW Sports)

CL・ELの出場権が懸かる2位以下が非常に混沌としている今季のドイツ・ブンデスリーガ1部。本記事執筆時点で2位シャルケから6位RBライプツィヒまでが勝ち点4差にひしめく大混戦の中、日本代表のキャプテン長谷部誠擁するフランクフルトは現在4位。実は昨季もフランクフルトは途中まで3位に付けながら史上稀にみる大失速を犯し、二桁順位になってしまった苦い経験を持ちます。「じゃあ今季も危ないんじゃないの?」という疑問に答える記事がドイツのスポーツニュースを英語で発信してくれるDW Sprotsに載っていたので訳しました。元記事はこちら


 

ホームのコメルツバンク・アレナでハノーヴァーを1-0で下したことにより、実現すれば6年ぶりとなるフランクフルトのヨーロッパ挑戦のチャンスはさらに大きくなった。バイエルン・ミュンヘンが首位を独走する裏で行われている熾烈な2位以下の争いにおいて、フランクフルトは4位に位置している。

 

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[第25節終了時点の順位表。フランクフルトはシャルケドルトムントに次ぐ4位につけている。]

 

実は、イーグルス(フランクフルトの愛称)は昨季も似たようなポジションにいた。去年の彼らは19試合を終えた段階では3位につけていたが、そこからシーズン終了まで一勝も挙げられず、最終的には順位表の下半分に属することになってしまった。フランクフルトのファンにとって唯一の慰めとなったのは2006年以来となるDFBポカール決勝進出だったが、そこでもドルトムントに2-1で敗れた。

 

今季のフランクフルトは、欧州への返り咲きを狙うシャルケレヴァークーゼンなどと共に激しいチャンピオンズリーグ及びヨーロッパリーグ出場権争いに身を投じている。そんな中で、スポーツダイレクターのフレディ・ボビッチと監督のニコ・コヴァチイーグルスが昨季の二の舞を演ずることがないよう歩を進めてきた。

 

 

<選手層に裏付けられたアグレッシブさ>

 

昨季、コヴァチ率いるフランクフルトはアグレッシブなフットボールでリーグを盛り上げた。ハードなタックルを繰り出し、ボールの即時奪還には並々ならぬ熱意を持っていた。しかし、このアプローチはしばしば彼らを困難に陥らせた。84枚のイエローカード、6枚のレッドカードはどちらもリーグ最多の数字であり、ディシプリン(規律)の欠如は大量の出場停止につながった。コヴァチはピッチ上においてもベンチ内においてもフルメンバーを揃えることに苦しんでいた。

 

今季の彼らから苛烈な守備が消え去った訳ではない。しかし、ダイレクターのボビッチは、監督には十分な選手層を保証する。また、フランクフルトは悪い結果から立ち直る強さを備えたチームでもある。フランクフルトは今季7敗を喫しているが、敗戦直後の試合には全て勝利している。

 

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[今季のフランクフルトは連敗しないチームである。]

 

フランクフルトの選手層の厚みは日曜のハノーヴァー戦によく表れていた。コヴァチ監督はディフェンダーのマルコ・ルス、ミッドフィールダーケヴィン・プリンス・ボアテング、ミヤト・ガチノヴィッチらレギュラー格の選手をベンチに置いた。ディフェンダーのシモン・ファレットが前半のうちにイエローカードを貰うと、後半頭からマルコ・ルスが投入された。ボアテングとガチノヴィッチも交代で出場し、イーグルスをしっかり勝利に導いた。

 

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[15/16シーズンの終盤からフランクフルトを率いるニコ・コヴァチ。現役時代はクロアチア代表として83試合に出場。]

 

このような贅沢な選手起用はコヴァチがフランクフルトに来てから経験したことがないものだ。そして、フランクフルトをヨーロッパ挑戦に導くうえでも大きな助けとなるだろう。

 

 

<偏りの少ない攻撃>

 

何年にもわたり、フランクフルトの攻撃はアレクサンダー・マイヤーのゴールに依存してきた。しかし今季は、4ゴール以上を挙げている選手がチームに5人もいる。これは2009/2010シーズン以来のことである。

 

セバスティアン・ハラーは8ゴールを挙げてチーム得点王だが、6試合連続で得点が無い。それでもフランクフルトはその6試合から4勝をもぎ取ってきた。

 

いくつもの選手からゴールが飛び出すチームは安定して強い。アントニー・モデストを失ったケルンの状態を思えば納得できる話だろう。

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[昨夏ユトレヒトから加入したセバスティアン・ハラー。今季ここまで公式戦28試合出場で12ゴール6アシスト。]

 

<報われた我慢>

 

フランクフルトはガツガツと当たりながら守るチームにしてはパスを賢く、それでいてダイレクトに使う。今季の彼らは1試合あたりのパス本数ではリーグ13位だが、アシスト数では6位につける。これは彼らが用いるパスがいかに効果的を示している。マリウス・ヴォルフは好例で、彼はチーム最多の6アシストを記録している。

 

しかし、我慢はパスにのみ当てはまる話ではない。選手個人についても言えることだ。ディフェンダーのダニー・ダ・コスタやフォワードのルカ・ヨヴィッチは出場機会を待ちわびていた。そして、ひとたびチャンスが来ると両者はそれにしっかり反応してみせた。ダ・コスタは最近4試合に続けて先発出場しており、ハノーヴァー戦では決勝ゴールを挙げている。ヨヴィッチは今季4試合しか先発出場していないが、4ゴールを決めている。そのうち2点は交代出場から決めたものだ。

 

もしもフランクフルトがこの調子を維持することができれば―そして、周囲のビッグチームの不調が続けば―彼らのヨーロッパ挑戦は現実的な話になる。

リチャーリソンのインタビュー(SKY)

今季のプレミアリーグでセンセーショナルな活躍を見せているワトフォードのリチャーリソン選手のインタビュー記事をざっくり訳しました。昨夏にブラジルからやってきた1997年生まれのウィングは、加入当初こそ無名の存在でしたが今ではリーグを代表する若手選手になりました。元記事はこちら


 

6カ月前にこのブラジル人がイングランドにやってきたとき、彼は未知の存在に過ぎなかった。それが今ではアレクシス・サンチェスエデン・アザール、そして同郷のネイマールらと肩を並べてナイキの新製品発表イベントに出席している。このような煌びやかな面々に囲まれていても場違いに見えないところから、リチャーリソンが今季のプレミアリーグでどれほどのインパクトを残しているかが伺える。8月にフルミネンセから1300万ユーロで加入して以来、この20歳はワトフォードにとって希望の光となってきた。左サイドからいくつものゴールとアシストを決めて、リーグで最もエキサイティングな若手選手の一人という評判を作り上げている。

 

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リチャーリソンはほんの3年前にプロ選手になったばかりだが、急速に序列を上げ続けワトフォードのキープレイヤーになった。開幕節のリヴァプール戦で途中出場からチームを引き分けに導いて以来、彼は26試合連続でリーグ戦に先発出場し、そのうちフル出場できなかったのは6試合だけだ。(2018年2月20日時点)

 

 

「唯一大変なのは天気だね」リチャーリソンはSKYスポーツに笑いながら語ってくれた。「僕らブラジル人は暖かい日や晴れの日に慣れているから、氷点下の日は大変だ。でも、ほとんどのことは順調に進んでいるよ。寒さにも徐々に慣れてきた」

 

南米からヨーロッパへの移籍は若手選手にとって難しくなることもあるが、リチャーリソンの場合はこの上なくスムーズに順応できたという。「ここでの生活は最高。エージェントと友達二人と一緒に住んでもらっていて、それがナイスなんだ。チームメイトも練習場でサポートしてくれるし、ピッチ外でも彼らとは本当に良い関係を築けている。適応するのを助けてくれているよ」

 

 

エウレリオ・ゴメスはワトフォードでリチャーリソンの面倒を見てくれているし、チェルシーのダビ・ルイスとウィリアンとも仲良くなった。「一緒にディナーに行ったり、彼らの家に招待されたりした。家族とも仲良くさせてもらっているよ」

その中でも、彼がピッチ上で即座にインパクトを残せるようになったのは、途中解任されてしまったマルコ・シウバ監督のおかげだと言う。

 

 

リチャーリソンは語る。「彼(マルコ・シウバ)は最初からとてもよくしてくれた。ポルトガル人だったからコミュニケーションも取りやすかった。しっかりと説明してくれたから、僕は適応できたんだ。プレミアリーグで成功するためには、高いレベルのフィジカルと優れたポジション感覚が必要だといつも言っていた。だから、こういうところには毎日ハードに取り組んできたよ」

 

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ハードワークが報われたかどうかは、最近こそ鳴りを潜めているが、ゴールとアシストの合計値でリチャーリソンを上回る選手はワトフォードに存在しないというデータがよく表している。しかし、リチャーリソンはボールを持っていないときでも疲れ知らずだ。ボールを奪おうというタックルにも意欲的だし、スプリントランキングではいつも上位に入る。

 

 

彼が持つ勤勉さのレベルは典型的なブラジル人選手らしくないものだが、リチャーリソンはピッチ上では恐れ知らずのアグレッシブな選手だ。そして、感情を表すことに対しても恐れを持っていない。ホームのヴィカレイジ・ロードでチェルシーを4-1で下した試合の後半、彼は新監督のハビ・ガルシアによって交代させられたのだが、そのときにベンチで涙を流したのだ。

 

 

「僕はフットボールに人生を捧げてきた。いつだって90分間プレイしたい。それで悲しくなって、泣いてしまったんだ。ただ、僕がイエローカードを貰っていたから交代させたという監督の考えも理解しているよ。ただ、僕が試合に対してどれほどの思いを持っているのかが表れただけさ。僕はチームメイトを助けるためなら、出来ることであればどんなことでもやりたいんだ」

 

 

リチャーリソンはマルコ・シウバのおかげでイングランドに来ることができたと思っており、だからこそ彼が解任されたことを悲しく感じている。しかし、彼は現監督のガルシアからも似たような印象を受けているという。ワトフォードウェストハム相手に監督交代後初めての敗戦を喫したが、チェルシー戦での圧勝劇は3年前にプレミアリーグに昇格して以来最高のパフォーマンスと言ってよさそうだ。

 

 

リチャーリソンも「ここまでは凄くうまくいっている」と語る。「彼(ガルシア)はどういう風にプレイしてほしいのかを説明してくれる。僕らはそれをしっかり聞いている。チームのみんなが監督のことを気に入っているし、彼のためにプレイすることに熱くなれる。彼は既にチームを制御し切っているし、彼が選んだ選手は誰であっても勝利のために全力を尽くす意思を持てている」

 

 

現在のプレミアリーグのボトムハーフ(順位表の下半分)はタイトだ。9位から18位の間には8ポイントの差しかない。ワトフォードは11位に付けているが、リチャーリソンはさらに上を目指している。13位より上の順位で終えられれば、ワトフォードにとってプレミアリーグで最高の成績になることをリチャーリソンは分かっている。さらに、彼はトップ10に割って入るチャンスすらあり得ると思っている。

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[今季の大活躍を受けて、リチャーリソンには既にビッグクラブへの移籍報道も出始めている]

 

 

ワトフォードを出来るだけ高い順位まで持っていきたい。僕らはいくつか良くない試合もしてしまったけど、今は改善してきていると思う。ワトフォードにとって過去最高の順位を狙うような調子になったと言えるんじゃないかな。僕が求めているのは、まさしくそういうところだ」

 

 

全く未知の存在からプレミアリーグのスターへ。リチャーリソンの成長物語はまだ始まったばかりだ。

キケ・フローレスが語るメディア業と指導者業(The Guardian)

「良い指導者は良い/悪い解説者である」「優れた解説者は優れた指導者になる/ならない」こういった命題は様々な競技において肯定と否定を繰り返されてきました。こちらの記事は2016年にワトフォードFAカップ準決勝まで導いたキケ・サンチェス・フローレス監督が引退後のメディア生活をThe Guardianで振り返ったものですが、その論争に一つの材料を提示してくれそうです。彼は「ジャーナリストとしての経験があったから、より良い監督になれた」と語ります。元記事はこちら。※元記事が公開されたのは2016年の4月になります。


8歳の頃、キケ・サンチェス・フローレスは枕の下にラジオを忍ばせて眠っていた。「スポーツ番組とコメンタリーを聞いていました。スポーツに関してはクレイジーなほどに熱中していて、それはフットボールだけに限りませんでしたよ。ハンドボールもバスケットボールもテニスもホッケーもラグビーも、私はあらゆるスポーツを愛していました。」

 

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[ワトフォードを率いていた頃のキケ・フローレス。2017/2018シーズンはエスパニョールを指揮している。ダンディ。]

 

15歳になる頃にはスポーツジャーナリストになりたいという思いに気付いていたが、幸運にもフローレスはプロのフットボーラーになれるだけの才能を持っていた。バレンシアで10シーズン、レアルマドリードで2シーズン、レアルサラゴサで1シーズンを過ごし、スペイン代表でも15のキャップを積み重ねた。

 

フローレスは簡単に挫けるような人間ではなかったが、1997年に現役を引退。その後、1990年のワールドカップにも出場した右サイドバックは、ついに夢の世界に飛び込むことになった。そこからの4年間をかけて彼はマルカ、エル・ムンド、ディアリオ・デ・バレンシアなどの新聞にたくさんの記事を寄稿。さらにTVとラジオの解説者としても働いた。

 

もしも物事が違う方へ進んでいたら、ワトフォードクリスタルパレスが激突するFAカップ準決勝ではウェンブリーの記者席に座って分析記事を書いていたかもしれなかった、とフローレスは笑った(※このシーズン、彼が率いるワトフォードFAカップ準決勝に進出していた)。実際にはメディアの世界での暮らしは一時的なものに終わったが、当時を振り返る彼の言葉は彼自身のパーソナリティを浮かび上がらせる。また、自身も認めている様にメディアで経験したことは彼がチームを率いる上でとても有意だった。

 

「メディアで過ごす時間を監督になるための準備期間として使おうとしていました。心のうちははっきりしていました。指導者としての自分を認識していましたから、ここで働く期間が長くないことも分かっていました。私はその時間を上手に使いたかった。今、観戦している試合に対して完璧に集中し、それについて説明したり書いたりすることから多くのことを学びました」

 

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[09/10シーズンはアトレティコ・マドリーを率いてUEFAヨーロッパリーグの初代優勝監督に。]

 

「この経験のおかげでより良い監督になれました。分析しているときは異なる視点を持たねばならないからです。TVとラジオそれぞれで番組を持っていたときは、試合の録画を持ち帰っては3~4時間かけて分析をしていたものです。ノートに書き込んだら、それらを削ったり編集したりしてね。そういう経験をしてきました。面白かったですよ。でも、一番好きだったのは記事を書くことでした。大好きでしたね」

 

フローレスとは、何かをするときはしっかりこなす男だ。「自分が今何をしていようとも、常にきちんとやる必要があります。」と本人も語る。文筆業に従事していたときも、彼は彼自身の手で記事を書いていた。元選手にしては珍しい行為である。デイリー・テレグラフに寄稿するアラン・スミスなどの例外を除き、イングランドの新聞において執筆者欄に元選手の名前が載る記事の多くはゴーストライターによるものだ。

 

さらにフローレスは、締め切りの猶予がほとんど無いナイトゲームのときも記事を書いていた。今のように各スタジアムにしっかりとした無線環境が無い時代に、である。

 

「ラジオ中継に出演している間に試合の分析をし、それが終わったらマルカなどの新聞に記事を書いて送らなければいけませんでした。物凄く手早くやらなければいけません。だいたい45分か1時間しかかけられません。Eメールで送らないといけなかったんですが、送信失敗になったことは何度もありました。先方には『OK、心配するな。もう一度送ってくれ』ってよく言われました。とにかく慌ただしくて忙しかった。当時のことはよく覚えていますよ」

 

フローレスは戦術分析の記事を書いていて、その数はゆうに1000を超えるという。「家族はその記事を切って、まとめていましたね。叔母さんは私が書いた記事を全て保管してくれています」

 

記事は良い出来でしたか?副編集長のテーブルで手直しが必要でしたか?という疑問がわいてきた。「いや、全くそんな必要はありませんでしたよ」と答えてくれたのはマルカのフットボール部門チーフであるフアン・カストロだ。「キケ(・フローレス)の書いた記事にはそれほど編集や手直しは必要ありませんでした。彼は適切な文法で執筆し、誤字などもありませんでした。素晴らしかったですよ。彼は元選手の書き手としては最高の水準で、過去15年ほどのスペインのTV界を見渡してもベストのコメンテーターと言っていいでしょうね」

 

「そうは言っても時々は文法的なところや語彙の部分で手直しされることはありましたよ。でも、記事の魂の部分が直されることは一切ありませんでした。そういった行為は嫌ですね。文章を二つほど書き換えられただけで、その記事の本筋は変わってしまうものです」とフローレスは付け加えた。

 

フローレスは魂やフィーリングについての話を多くしてくれた。彼は、自身が率いるワトフォードが逆境においてもボールを持ち、必ずしも攻撃で怖さを出さなくとも良いフィーリングを得るためにパスをいくつか繋ぐ姿勢が好きだと語る。彼曰く、彼のライティングスタイルはフットボールとフィーリングを融合させたものだという。戦術的評価のみを取り上げたものではないのだ。

 

「ガブリエル・ガルシア・マルケスパウロ・コエーリョ、マリオ・ベネデッティなんかを多く読んでいました」とフローレスは語り、南米の偉大な文筆家の名前を挙げた。「元選手ということで言えば、ホルヘ・ヴァルダーノ(元アルゼンチン代表選手)が素晴らしいものを書いていました。アンヘル・カッパもそうですね。私がレアルマドリードでプレイしていたときにはアシスタントコーチをやっていました」

 

「このスタイルを愛していて、発展もさせてきました。フィーリングの差異を掘り下げるのが好きなんです。自分の書いた記事には本当にセンシティブでしたし、それは独特なものでもありました。何かを書く時はすぐにやる。だからPCの画面が空になることなんてまずありません。いつも何かアイデアを持っています。毎日、記事を書いていると、それはもうほとんどトレーニングみたいなもので、言葉が降りてくるようになります。でも、15日くらい書くのをやめると、『ワオ、またやり直しだ』って思いますね」

 

フローレスはプレミアリーグに戻ってきた今季のワトフォードに素敵な筋書きを立ててきた。リヴァプールとのホーム戦に3-0で勝利したときは7位に付けていた。素晴らしいスタートを切り、降格圏に沈んだことはこれまで一度も無い。さらにFAカップでの快進撃もあり、昨夏に16人もの選手をクラブが獲得したことを考えても、フローレスがやってきた働きの大きさは計り知れない。

 

ワトフォードにおいて、監督というのはよく入れ替わるもので、このチームは前回の昇格したシーズンには4回も監督を替えてきた。しかし、リヴァプールに勝って以降、フローレスが率いるチームが3勝4分け10敗という結果に終わっていることは経営者グループには気付かれていないようだ。クリスタルパレスとの準決勝はフローレスにとって初めてのウェンブリーとなる。彼のキャリアにおいても決定的な瞬間だと感じられるだろう。