With Their Boots.

体制からの逆風に耐えて、イラン代表をアジア最強に仕立てたカルロス・ケイロス

2018年4月、日本サッカー協会ハリルホジッチ監督を解任しました。W杯2カ月前に協会が下した決断に対して、背後に存在しそうな何かを感じ取った人も少なくないでしょう。そこで今回は実際に政治の世界から過干渉を受けながら、イラン代表をアジア最高のチームに作り上げたカルロス・ケイロス監督の記事を訳しましたので、ご紹介いたします。彼が率いたイラン代表は、堅実な戦いぶりでアジア予選を無敗で通過しました。長らくFIFAランキングでアジア最上位を堅持する同代表は、ロシアW杯でも台風の目になることを十分に期待できるグッドチームです。元記事はこちら

※なお、記事中の各指標は基本的に記事が公開された当時(2017年8月末、アジア最終予選のラスト2試合が行われる前)のものになります。


 

マンチェスターユナイテッドを率いるジョゼ・モウリーニョは、FIFAが最近リリースした年間最優秀監督候補に名を連ねた。しかし、彼よりもその座にふさわしい者がいる。彼はかつてオールドトラッフォードマンチェスターユナイテッドのホームスタジアム)のNo.2だった。

 

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[カルロス・ケイロスは1953年生まれのポルトガル人監督。過去にはレアルマドリードポルトガル代表、名古屋グランパスを指揮した経験を持つ。]

 

マンチェスターシティのペップ・グアルディオラもそうだが、モウリーニョもリーグパフォーマンス向上のために数百万ポンドを投じてきた、しかし、カルロス・ケイロスと彼の率いるイラン代表による功績は真に素晴らしいものだ。

 

このモザンビーク生まれの監督は、イラン代表をアジア最高のチームに仕立てただけでなく、2018年W杯でノックアウトステージ進出もあり得るチームにした。

 

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[マンチェスターユナイテッドでアシスタントコーチを務めていたころのケイロス(写真左)。監督のサー・アレックス・ファーガソン(写真右)と共に数々のタイトル獲得に貢献した。]

 

イラン代表は最速でW杯出場を決めたブラジル代表の次に出場権を確保したチームである。彼らは残りの2試合で韓国代表とシリア代表に連勝すれば、今回の記念すべき戦いを無敗で終えることができる。(2戦連続引き分けで無敗を守った。)

 

ケイロスは8月31日にソウルへ乗り込んでくる。この元ポルトガル代表監督が率いるイラン代表は、韓国代表に対して4連勝中だ。韓国代表が9回連続でのW杯出場を目論んでおり、アジア地区でも最も成功してきたチームということを考えれば至難の業である。

 

3次予選(日本で言うところの最終予選)で、イラン代表はここまで8試合を戦って20ポイントを勝ち取り、2位の韓国に7ポイント差をつけてトップに立っている。史上4例目となる無敗での予選突破を決めただけでなく、720分間(90分×8試合)にもわたって1失点も許さなかった。(最終戦でシリア代表に2失点し、全試合無失点はならず)

 

ピッチ上のパフォーマンスと結果はFIFAランキングにも反映された。イランは4年以上もアジア最高位に君臨し続け、現在の24位まで着実に順位を上げた。これはアジア2位の日本代表を20も上回る順位である。(2017年8月末段階)

 

こういった功績は、他の大陸の有力チームでは起こり得ない問題とケイロスが直面してきた末のものでもある。イランのフットボール界では、政治もその一部をなしている。大きな試合の準備を妨げられたことも過去にあった。イランが世界で孤立気味であることもそれなりに大きな課題をもたらしてきた。親善試合の相手探しや海外からの資金調達などの面で他のAFC加盟国よりも面倒なことが多いのだ。

 

こういったことは近年、改善が進んでいるとはいえ、韓国や日本やオーストラリアといった同じ大陸の強豪には存在しない障害も立ちはだかる。ソウル、シドニー、東京などで働く代表監督は、今月初めに起きたような事態を対処する必要に迫られることは無いだろう。イランのスポーツ界を管轄する機関が、イラン代表の主力選手二人に代表チームでの活動を禁ずるという声明を発表したのだ。その二選手が所属するギリシャのクラブチームが、ヨーロッパリーグ予選でイランが国として認めていないイスラエルのクラブチームと対戦したことが理由だった。

 

結局、ベテランのマスード・ショジャエイはチームから外され、エルサン・ハジ・サフィは残ることができた。ショジャエイは、6月、6万人の観客が詰めかけたテヘランでイラン代表がW杯出場権を獲得したときにキャプテンマークを巻いていた。その男が出場できなくなったのだ。

 

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[所属クラブがイスラエルのクラブと対戦したことで、代表活動への参加を禁止されたショジャエイ。2018年3月の代表期間には招集が許可され、無事に復帰を果たした。しかし、イランの議会からは「彼の代表活動参加は生涯禁止されるべき」という声が未だに上がっている。]

 

6年の任期中にケイロスは辞任を考えたこともあるし、実際に辞任したこともあった。2017年の初めにも辞任をしている(後に協会と和解して復職)。彼とイランフットボール協会の関係は緊張状態になりやすい。しかし、体制は、この元ゴールキーパーと共に良い進路を取れていることを分からなければない。

 

ケイロスが作り上げたチームは、確かなパフォーマンスを発揮し、プレッシャーのかかる状況を楽しめるチームだ。韓国のサッカー界にとっては、羨ましくなるものである。「こういった状況では多くの選手は重いプレッシャーを感じるものです」とは、元韓国代表のキャプテンでマンチェスターユナイテッドのレジェンドでもあるパク・チソンがイラン代表と韓国代表の試合前に語った言葉だ。「しかし、国を代表する選手ならば、そのプレッシャーを乗り越えて自身の能力を示さなければいけません」と続けた。

 

ケイロスの下でイラン代表は、期待が大きいときにも応えられるようになってきた。W杯出場には勝利が必要なテヘランでのウズベキスタン戦、全ての人がイランの勝利を予想して、彼らは実際に勝利をした。

 

チームはマシーンのように精密になり、将来が楽しみな選手も出てきた。代表戦26試合出場で19ゴールを挙げ、UEFAチャンピオンズリーグでも素晴らしいパフォーマンスを見せ、昨夏にはラツィオへの移籍寸前まで行っていたサルダル・アズムンはまだ22歳だ。(2017年8月末段階)

 

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[17/18シーズンはロシアのルビン・カザンでプレーするサルダル・アズムン。2014年の代表デビュー以来、多くのゴールを挙げてきた。]

 

カリム・アンサリファルドオリンピアコスで活躍しており、レザ・グーチャンネジャドはオランダリーグで3番目に多くの得点を挙げ、国内クラブに所属するメフディ・タレミは予選中に重要なゴールを決めることで彼の能力に疑いの目を向ける者を黙らせた。そして、中盤には弱冠20歳のサイード・エザトラヒが、その才能と共にスターになりつつある。彼らの背後には非常に強固な最終ラインが構えている。

 

監督の指揮の下、イラン代表は同国史上最高のW杯が期待できるチームになっただけでなく、この先何年間もアジア最上位に留まれるようなチームになった。

 

そして、こういったことは全て、類まれな指導によって積み上げられたものである。果たして、ヨーロッパ以外で起きたことは重要ではないのだろうか。ケイロスの働きはFIFAの年間最優秀監督賞にノミネートされて然るべきもののはずだ。

クリスティアン・エリクセンが語る"創造性"(Independent)

トッテナム・ホットスパー、そしてデンマーク代表の創造性を司る存在であるクリスティアン・エリクセン。技術、判断、ワークレイトを高次元で兼備する現代型MFの典型のような選手です。そんな彼が自身のフットボール観や"創造性"の身に着け方を語ったインタビューがIndependentに掲載されていましたので、ざっくり訳しました。元記事はこちら


クリスティアン・エリクセンフットボールについて語ることが大好きだが、彼自身にとってベストなパフォーマンスについて聞かれたときにははっきり答えられないほどに慎ましい男でもある。チーム全体が素晴らしいプレイをしていることを強調してから、一つを選ぶことはできないと語った。

 

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アウェイでのユヴェントス戦はどうだろう?エリクセンは試合全体を支配し、30ヤードも離れた場所からフリーキックでゴールを決めてみせた。ホームでのマンチェスターユナイテッド戦はどうだろう?彼は試合開始10秒でリードを奪い、試合終了まで優位を渡すことはなかった。エリクセンは肩をすくめて、普通の人はそういう場面を注目してくれるものだと認めた。「もちろん、それが普通の見方ですよね」とも言った。

 

では、エリクセン自身は自らをどのように見ているのだろうか。彼は(少なくともマンチェスターシティの選手以外では)プレミアリーグで最もインテリジェンスとイマジネーションに満ちたミッドフィルダーだ。彼は過去4年に渡って、トッテナム・ホットスパーにおける創造性を司る存在である。スペースを見つけ、ボールを要求し、試合を支配する。ゆっくりプレイすべきタイミングはいつなのか、速く行くべきタイミングはいつなのか、ターンすべきとき、パスすべきとき、シュートすべきとき。すべてを分かっている。彼のプレイを一目見ただけで、エリクセンがほとんど全ての現役選手よりもフットボールを理解していることに気付くだろう。

 

エリクセンがゲームについて考えるとき、彼自身が持つスタンダードと照らし合わせて良いプレイかそうでないかを見分けている。パフォーマンスを理解する手法というのは測定可能なものというよりは直感的なものだ。エリクセンは熱心に試合を見返すタイプではないし、統計データにこだわることもない。(そういうものが無くとも)彼は分かっているのだ。

 

自身のプレイをどう評価しているのかを問われたエリクセン「だいたいのことは頭の中にあります。」と答えた。「全ての人は自身のプレイが良いプレイだったか悪いプレイだったか分かってるものだと思います。ピッチの内側…ピッチ上で感じていることと外側で見ていて感じることはかなり違っているものです。僕自身がピッチ上でプレイしながら感じていることは、他の人とは少し異なる部分があるかもしれません。試合の見方や試合後の考え方という部分で、ですね。」

 

エリクセンがいかに優れた選手かを示す統計データはたくさん存在する。彼がスパーズに加入して最初の年と昨年にスパーズファンが選ぶ年間最優秀選手賞に輝いたという事実もある。特に昨シーズンは35ゴールを挙げたハリー・ケインを押し退けての受賞だった。Optaによれば、エリクセンは2013年にイングランドにやって来て以来、プレミアリーグで46のアシストを記録した。これは同期間内における数字としてはメスト・エジルに次ぐ好成績で、その数字は年々増加している。ここ2シーズンで言えばエリクセンはさらなる高みに達した。欧州5大リーグの選手の中でエリクセン(32アシスト)よりも多くのアシストを公式戦で記録したのはケビン・デ・ブルイネ(39アシスト)とネイマール(37アシスト)だけだ。さらに、その間のチェンスクリエイト数では、255回のデ・ブルイネに次ぐ数字(250回)を記録している。

 

我々のような観戦者はエリクセンの素晴らしさを示す数字に夢中になりがちだが、当の本人はそういったものに対してほとんど興味を持っていない。それらの数字は良いプレイをした末に生じる副産物に過ぎず、それ自体が目標になることは無いというのだ。スタッツを使って自身のパフォーマンスを評価することはあるかと問われたエリクセン「全くありません」と答えた。彼が目指しているのは「可能な限り試合に影響を与え、可能な限り試合展開に参加すること」である。「一番大切なことは、最善を尽くすことです。パスを出したら、アシストを記録したり決定機を創出したりできるのか。そういうところに拘るべきだと思います。」

 

では、ゴールやアシストを記録できた試合は良い試合なのか?「いや、違います。そういうことではありません。」エリクセンは答えてくれた

 

この競技を極めた者にとっては、良いプレイをしたという事実はあくまでも個人賞にしか過ぎない。「もちろん、ゴールやアシストを記録できればチームの助けになります。ただ、(ピッチの)外側から見ている人は数字やスタッツに注目し過ぎだと思います。そういう動きはどんどん大きくなっています。この方向こそがフットボール界の進み方でしょうね。でも、僕自身はそういうことには本当に注目していません。自分が出来る最高のプレイを目指して、出来るだけ多くのクリエイティブな仕事をしようとしているだけ。それだけです。」

 

出来るだけ多くのクリエイティブな仕事とは、確かに高尚な目標である。しかし、エリクセンに掛かれば非常に簡単な話に聞こえてくる。これをお読みの皆様はもしかしたらエリクセンフットボールを理解するための特別な言葉を持っていたり、この競技の持つ複雑さを解き明かすカギを持っていたりすることを期待しているかもしれない。しかし、彼はそんなものを持っていない。彼がピッチ上で見せているプレイに秘密など存在しない。

 

「目に映らないようなことをしているとは思いません。普通の人が目にしているのと似た感じですよ。何か秘訣があるようなことをやってるとは思わないですね。常にオープンにしています。とにかく試合展開に出来るだけたくさん関わるようにしています。スペースを作って、周りの選手と繋がるようにという感じです。外から見てる人が見落とすようなものだとは思いません。」

 

今季のエリクセンがこなしてきたクリエイティブな仕事は見逃す方が難しいほどのものだ。昨季も素晴らしい出来だったが、今季はそれを上回る。アウェイのボーンマス戦では中盤セントラルの位置から試合全体を掌握し、ボール奪取からソンフンミンへパスを出しチーム4点目をアシストした。完璧に試合をコントロールしたと言っていいだろう。今季のプレミアリーグエリクセンが欠場したのは、1月に行われたアウェイのサウサンプトン戦だけだ。この試合は今季のスパーズにとって最低のパフォーマンスで、盛り上がりに欠けたまま1対1で終わった。

 

では、創造性、クリエイティブさが(エリクセンが言うように)非常にシンプルなものであるならば、彼と比肩するほどに優れたフットボール選手がほとんどいないのは何故なのか。これもお決まりのことではあるが、先天的な理由と後天的な理由がある。たしかにエリクセンはヴィジョン、バランス、コーディネーションという点で天賦の才を持っている。しかし、そういった才能は彼自身によってよく磨かれたものでもある。彼の両親は共に地元のフットボールクラブでコーチをしており、当時2歳のエリクセン少年は4歳児を相手にプレイしていた。10代をデンマークの神童として過ごした彼は、16歳のときのアヤックス入り、21歳のときのトッテナム行きといったキャリアの各ステップで一生懸命に考え、ハードワークをしてきた。

 

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[アヤックスに在籍していた頃のエリクセン]

 

エリクセントッテナムに移籍した1年後、マウリシオ・ポチェッティーノが監督としてやってきた。彼はトッテナム組織力、インテンシティ、集中力といったチームが長らく持ち得なかったものを注入した。そしてエリクセンはハリー・ケインやデレ・アリといった面々と共にプレイすればするほど、彼らのプレイや走りを学び、それらを察知する術を身に着けていった。エリクセンは、創造性は「常に自分と共にあったもの」と言うが、成長させるためには経験の積み重ねも必要だと語る。

 

「(先天的なものと後天的なものの)両方があると思います。知覚の部分を鍛えて伸ばすことは間違いなく可能です。もちろん、ピッチ上でのフィーリングや知覚の能力を予め備えていることもあります。しかし、あるポジションでプレイすればするほど、そのポジションに慣れるし、チームメイトのテンポなどあらゆることに順応していくものです。ますます自然に、どんどん素早く感じられるようになります。」

 

エリクセンの言った現象はスパーズで実際に起こってきたものだ。若手選手が共に成長するということである。これこそが、監督や選手を入れ替え続ける裕福なライバル達を上回ってきたトッテナムが持つ強みである。彼らの後塵を拝しているビッグクラブの多くは持続性、チームワーク、信頼関係こそが最高のプレイを生み出す方法だということを分かっていないのだ。

 

「多くの試合に出て、多くのシチュエーションを経験することで学べるものがあります。我々は本当に多くの試合を一緒にプレイしてきました。互いに何を予期しているかを理解しているのです。僕が背後へ出すボールも予測できるし、デレ(・アリ)のランニングも予測できます。ハリー(・ケイン)が備えているのがセカンドボールなのかファーストボールなのかも分かります。」

 

「味方の選手達を認識するということです。ボールを受ける前にチームメイトあるいは相手選手のいる場所を認識するんです。そして、素早く判断を下して実行に移す。まさに直観みたいなものですね。僕らのチームにはほとんど直感のレベルで素早い意思決定を行える選手がいます。これが最も大切なことです。」

 

味方の前方へのランニングを察知し、素早く判断を下したエリクセンの次なる仕事は実行することだ。たとえボールを失うリスクがあるとしても、である。「文字通り一瞬です。味方がオープンになった、体勢も良い、ファーストタッチも良い。あとはチャレンジするだけです。意図した方向へターンする必要があるときは、決断を下すまでに1秒くらいかかるかもしれません。走った味方を信じられたら、彼が予測する軌道と落下地点にボールを届けるだけです。これらほとんどのことは直観的なものです。」

 

チームとして醸成された調和した動きにおいて、エリクセンはスパーズの自由人だ。そして、ピッチ上に生じるスペースを感じながら自由を謳歌している。今季のスパーズにとってのベストゴールはホームのエヴァートン戦で決めた、ピッチ上の選手全員が加わって13本のパスを繋いだ末のゴールだ。エリクセンが出した4本目のパスは、ハーフウェイの左サイドからベン・デイビスへ出したものだったのだが、そこからパスが9本続いた後、エリクセンはボックス内でアリのバックヒールパスをゴールに沈めた。「チームがボールを保持しているとき、僕はチーム内で最も自由な存在だと思います。スペースのある場所へどんどん走ってヘルプしようとしています。」

 

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しかしスパーズがボールを失ったとき、エリクセンであっても自由は取り上げられる。ポチェッティーノ監督はプレッシングと守備陣形には確固たるアイデアを持っており、そのアイデアにはエリクセンも含まれる。昨季の彼は主に3-4-2-1の2列目のどちらかを任されていたが、今季は4-2-3-1の2列目右サイドを担当してきた。これはつまり、相手の左サイドバックを追いかけなくてはいけないということだ。彼はこういったプレイを熱意と自己犠牲の精神を持って行っている。「当然、中盤(の真ん中の方)でプレイしているときよりも相手のレフトバックに対しては気を使わなくてはいけません。ほとんどの人はそれほど気にしてないでしょうが、自分の仕事をします。当然のことです。こういった方法でもチームを助けたいんです。」

 

現代のフットボールは、少年時代のエリクセンが憧れたミカエルとブライアンのラウドルップ兄弟やフランチェスコ・トッティが活躍した頃とは大きく異なる。彼らはチームがボールを持っているときには活躍してくれるクリエイティブな選手だが、スイッチを切って一息つきながらチームメイトが守備しているところを眺めることも許されていた。しかし、ポチェッティーノ率いるスパーズのような現代的なチームは、協調して組織的なプレスを繰り出すマシーンだ。各人が与えられた役割を全うしなくてはならない。タダ乗りは許されない。

 

「今は新しい時代です。昔と比べたら新しい方法でフットボールはプレイされています。彼ら(ラウドルップトッティ)は僕とは異なるタイプで、セカンドストライカーに近いですかね。現在の僕よりもずっと多くの自由が与えられていました。」

 

つまり、エリクセンマンチェスターシティのケビン・デ・ブルイネなどは21世紀のミッドフィルダーなのだ。素晴らしいテクニックを持ち、試合を決めることも出来る。そして、チームを守備で助けるためのアスリート性と自己犠牲の精神も兼ね備えている。現代フットボールで成功する選手とは、こういった選手達だ。

 

「本当に変わりましたね。どの選手もシャープだし、凄くフィットしています。どのチームも組織的で、全てのために戦っています。ミッドフィルダーでもクリエイティブな選手でも10番の選手でもです。こういった選手達は少し楽な役回りをしていますが、それでも変わりました。こういったポジションにもチームのために働けるだけでなく、フォワードを助けられる選手が必要です。変わったんです。もちろん10番として自由を与えられている選手もいますが、それでもチームのために働く務めがあるという点で違っています。」

 

エリクセンや彼らのチームメイトと同じくらいトッテナムというチームは成長している。あとは最後のステップを踏み出すだけだ。スパーズが2対2で引き分けたユヴェントスとのアウェイ戦でエリクセンは素晴らしい活躍をした。折り返してのホーム戦、ウェンブリーでリードを奪ったスパーズはクウォーターファイナルまで残り25分というところまで漕ぎつけた。しかし、そこから全てが崩れてしまった。試合結果が彼らの手から離れてしまった経緯をエリクセンは少しのフラストレーションを感じながらも振り返ってくれた。

 

「僕が思うに、ユヴェントスは待っていました。僕たちはこのまま間違いなんて起きないと、ほとんど自信過剰になっていたと思います。勝ち抜けるために優位な立場、ほとんど完璧な立場にいました。僕らはユヴェントスが大きな舞台に慣れていること、それほどボール保持を必要としていないことを思い知りました。」

 

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[ユヴェントスのホームで戦った1stレグでは開始10分までに2点を奪われる苦しい展開だったが、エリクセンを中心に素晴らしいプレイを見せたスパーズが追いつき2対2のドロー。ロンドンに帰っての2ndレグでも躍動感あふれるフットボールを展開し、先制点を奪うことに成功したが、したたかなユヴェントスは64分からの3分間で2点を奪い逆転。2戦合計4対3で勝利し、若きスパーズの準々決勝進出を阻んだ。]

 

しかし、次の機会があればスパーズは違うことをしなければならないとエリクセンは理解している。「冷静沈着になることですね。チャンピオンズリーグのノックアウトステージでは、たった3分間で物事が決まるということを僕たちは学びました。ユヴェントスは2本のシュートで2点を取りました。3分でもいいからもっと注意深くなる必要があります。そうすれば二度と同じことは起きませんし、勝ち抜けのチャンスはもっと広がります。」

 

チャンピオンズリーグは来年まで待たなければならないが、今度の土曜日(2018年3月17日)にはスウォンジーとのFAカップ準々決勝がやってくる。それに勝てばウェンブリーに戻って戦うことができる。昨年感じた苦しみとは無縁のホームグラウンドだ。

 

「(タイトル獲得まで)本当に近い所に来ました。決勝、準決勝で負けた経験もしてきました。重要な試合で望む結果は得られていません。クラブにとっては重大な局面です。今ここにいる選手達の全てがトロフィーを欲しがっています。僕がここに来た頃とは違います。みんな勝つためにこのクラブへやってきて、勝つためにプレイします。本当に変わりました。」

ジョルジオ・キエッリーニへのインタビュー(Daily Mail)

00/01シーズンに故郷リヴォルノでプロデビューして以来、数々の賛美とトロフィーと生傷を負ってきたジョルジオ・キエッリーニも2018年の夏には34歳になります。勇猛果敢なプレイで仲間を鼓舞する情熱的なファイターとしての印象が強い彼ですが、経済学と経営学の学位を取得し数多くの慈善活動に参加するピッチ外での姿はあまり知られていないモノかもしれません。今回はDaily Mail電子版に掲載されていたキエッリーニのインタビューをざっくり訳しました。元記事はこちら


ジョルジオ・キエッリーニは、ユヴェントスでチームメイトだったアルバロ・モラタが彼とのトレーニングを「腹を空かしたゴリラと同じ檻に入れられて、エサをあげるようなもの」と評したことを聞いて思わず吹き出してしまった。

 

多くのストライカーもモラタと同様の考えだろう。キエッリーニは現在33歳。しかし、11月20日からの15試合でたったの1失点しかしていないユヴェントス守備陣の一員である。

 

無失点で過ごした試合時間は22時間を超え(2018年2月7日時点)、その間にはバルセロナインテル、ローマ、ナポリなどとの試合もあった。来週にはチャンピオンズリーグトッテナムと激突する。ハリー・ケインも様々な得点記録を打破してきたが、ユヴェントスの最終ラインを攻略できるかどうかは彼にとって重大なテストになるだろう。(結果は2戦合計4-3でユヴェントスの勝ち上がり)

 

キエッリーニはその中核をなす存在だ。伝統的なイタリア人ディフェンダーである彼は、ストリートファイトのメンタリティを備えた屈強な守備者である。

 

4度の鼻の怪我、キングコングのように胸を叩いてのゴールセレブレーション、ワールドカップではルイス・スアレスに肩を噛まれた。それでもキエッリーニは肩をすくめて「ノープロブレム」と言う。

 

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[ゴールを守るためなら、たとえ怪我を負っていようとも体を張るのがキエッリーニの信条だ。]

 

「合計で4回も鼻を折りました。問題なのは僅かでも得点を決めたり失点を防いだりするチャンスがあったら、我慢できなくなっちゃうことですね」キエッリーニはにやりと笑いながら言った。

 

しかし、ピッチ上でのグラディエーターのような振る舞いは彼本来の姿を投影したものではない。キエッリーニは非常に奥深い存在で、彼と過ごした1時間あまりで彼がスポーツ界でも有数の学識深い思索家であることを思い知った。

 

フアン・マタが全世界のフットボール選手にコモン・ゴール(プロフットボール選手による慈善活動)への参加を呼び掛けたとき、キエッリーニはすぐに返答した。

 

キエッリーニがこういった活動に熱心なことは、イタリアではよく知られたことだ。故郷であるリヴォルノにある身体障害者を支援する劇場のサポートも行っているし、障害を持った子供達にスポーツをする機会を提供するInsuperabiliというチャリティ事業の共同設立者でもある。この事業も最初はトリノの街だけだったが、今ではイタリアの15の都市で活動している。

 

「フアン(・マタ)のインタビューを見て、マッツ・フンメルスが参加したことを知りました。私はまず彼らのウェブサイトにメッセージを送ったんですが、事務員は15歳くらいの子供によるイタズラだと思ったらしいです。だから、ビデオ通話をして自分が本当にキエッリーニだということを証明しなくちゃいけなかったんですよ!」

 

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[フアン・マタの発案で始動したフットボール選手による慈善団体コモン・ゴール。キエッリーニフンメルス以外にもホッフェンハイムの監督であるナーゲルスマン、女子サッカー米国代表のラピノ、日本代表の香川真司らも参加している。]

 

「物事を変えられるかどうかは分かりません。でも、子供達を笑顔にしたいんです。それが実現できたときの感情は言葉では表せないでしょう。我々の役割とは尊敬される存在になることで、これはとても大切なことです。子供達は我々が言ったこと、やったこと全てを真似します。生まれた瞬間から人生が決まってしまっている子供達が実に多い。私は彼らに自分の力で人生を決めるパワーを与えたい。」

 

昨年、マタはフットボール界で高騰するコマーシャリズムと「馬鹿げたほどの」給料に伴う社会的な責任について語った。キエッリーニは経済学の学士と経営学修士を取得している。

 

キエッリーニは言う。「不安や心配という言葉を用いて我々が受けている豊かさを形容するのは間違っています。自らを犠牲にしてきましたが、これほど多くの給料を貰っていいとは考えたこともありません。ただ、自分が幸運だということは分かっています。だから、サポートを必要とする人のために使わなければいけないのです。」

 

「サポートはお金だけを指すわけではありません。短い映像でも、ちょっとしたメッセージでも、実際に訪問するのでもいいでしょう。とにかく気持ちを伝えることです。私はこれまで世界中を旅してきました。南アフリカやブラジルの最貧地域にも行きました。タイに泊まったときには、五つ星ホテルを出て角を一つ曲がった路上で寝ている人を見ました。とても貧しく、市場では地面に絨毯を敷いて寝ている人もいました。彼らは川で、雨水で衣服を洗っています。コモン・ゴールは国際的なムーブメントです。ここまでイタリア人は私だけですが、もっと広がることを願っています。」

 

故郷リヴォルノにいる旧友たちからは、メリアン・クーパー監督の映画に出てくるキングコングに例えられる。キエッリーニという男は気高き野人なのである。

 

「二重人格みたいなものですよ。ピッチ上ではトップレベルに辿り着くために、こういうスタイルが必要でした。私はテクニカルなスキルに恵まれた訳ではありませんから、練習して成長しなくてはなりませんでした。フィジカルやテクニックに恵まれた選手でも大成するのはごく僅かです。必要なのは情熱なのです。同年代の選手の中ですら、最高という評価を受けたことはありません。みにくいアヒルの子のような存在です。見ていて美しさを感じることは無いでしょうが、常に成長しています。成長できることこそが、私が持つ最高のスキルです。33歳になりましたが、毎シーズン自己最高を更新しています。そこに秘密なんてありません。とにかく情熱と努力あるのみです。」

 

情熱という言葉が出たことで、話題は前のユヴェントスとイタリア代表監督アントニオ・コンテに移った。

 

「イタリアン・パッションですよ。」そう言ってキエッリーニは息をついた。「試合中だけではありません。一日中ずっとです。全ての練習で彼は情熱に満ちていました。彼と過ごしたユヴェントスでの3年、イタリア代表での2年の間、彼がまとう雰囲気には特別なものを感じていました。」

 

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[ユヴェントスとイタリア代表で共に栄光を目指したコンテ(写真右)とキエッリーニ。EURO2016では非常にソリッドな戦い方で優勝候補のスペインやベルギーを破った。]

 

「トレーニングが終わったときは、ほとんど死んだような状態でした。疲れたなんていうレベルじゃないんです。死です。こんなことが出来たのも、彼のすることを信頼できたからこそです。我々イタリア代表チームは(EURO2016のとき)フランスで40日間いっしょに過ごしましたが、別の世界に突入したみたいでした。彼が世界最高の監督のひとりであることは確かです。」

 

コンテがイタリア代表を離れてから、同代表は急速な下降線をたどった。キエッリーニもワールドカップを逃したチームの一員だった。

 

「正直に言って、(ワールドカップ期間中は)お腹を刺されたような感覚になるでしょうね。良いひと月を過ごせるとは言えないと思います。試合も少しは見るだろうし結果もチェックするでしょうけど、家で座ったままワールドカップをTV観戦するなんて想像できません。」

 

キエッリーニは、彼の同胞たちは基本に立ち返るべきだと主張する。ペップ・グアルディオラはイタリアのディフェンダーを壊してしまいました。彼は素晴らしいマインドを備えた素晴らしいコーチですが、イタリアの指導者は彼と同等の知識も持たずにコピーしようとしてきました。そして、この10年間で我々はアイデンティティを失ってしまったのです。」

 

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[ワールドカップ出場を懸けたプレイオフスウェーデンに敗れたイタリア代表。]

 

「(パオロ・)マルディーニ、(フランコ・)バレージ、(ファビオ・)カンナヴァーロ、(アレッサンドロ・)ネスタ、(ジュゼッペ・)ベルゴミ、(クラウディオ・)ジェンティーレ、(ガエターノ・)シレア……今の我々が持っているのは(レオナルド・)ボヌッチだけです。この10年間でイタリアは良いディフェンダーを一人も輩出できていません。私が今望んでいるのは、イタリアサッカー界がリスタートを切り、イタリアのフットボールを再び発信することです。ワールドカップ(予選)での結果は、私達が抱える問題を証明したものです。」

 

しかしながら、ユヴェントスは依然として巨大なチームだ。マッシミリアーノ・アッレグリ率いるチームはここ3シーズンのチャンピオンズリーグで2度の決勝進出を果たした。セリエAも7連覇を目指し戦っている。

 

かつて、キエッリーニイングランドのクラブから移籍を打診されたこともあるし、マウリシオ・ポチェッティーノ率いる「エキサイティングな」トッテナムについて熱く語りもするが、「イタリアの人間にとって、ユヴェントスを去るときはユヴェントスから売りたく思われたときだけ」と語る。

 

ボヌッチ、(アンドレア・)バルザーリ、私、そしてジジ・ブッフォンが最後方にいたときのチームはスペシャルでした。技術的にどうとかという話ではなく、フィーリングや感情、経験のレベルで素晴らしかった。」

 

キエッリーニユヴェントスやイタリア代表が持っていた上昇志向に似た物をトッテナムからも感じているという。「強いチームですよ。(ヤン・)フェルトンゲンと(トビー・)アルデルヴァイレルトのベルギーコンビが好きです」と語ってくれた。

 

「ハリー・ケインはファンタスティックな選手です。彼とは3年前にも対戦しましたが、その頃から大きく成長しました。今や一年間でメッシよりも多くのゴールを挙げる選手です。キエッリーニより多くの得点を挙げるのとは違う次元の話ですね(笑)」

バロンドール受賞者を生み出すスポルティングCPのアカデミーってどんな場所?(The Guardian)

ポルトガル代表に多数の選手を送り込み、同代表のEURO制覇に大きな貢献を果たしたスポルティングCPのアカデミー。ルイス・フィーゴクリスティアーノ・ロナウドというバロンドール受賞者2名を始め、非常に多くの名選手を輩出したことでも知られています。世界でも高い評価を受けるスポルティングのアカデミーとはどんな場所なのか?をAlex Clapham氏が取材した記事がGuardianに掲載されていましたので、今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら。同氏によるベンフィカアカデミー取材記の翻訳はこちら


 

 

努力、ひたむきさ、献身、栄光。これらの単語は若い才能たちがスポルティングCPアカデミーの門を叩き、そして去るときに目にするものだ。アルコシーチの田舎にあるスポルティングのアカデミーは、私が以前に訪ねたベンフィカのアカデミーと大きく違った場所で驚かされた。0.4ユーロのコーヒーを終始しかめ面なおじさんが出してくれたくらいで、贅沢さは無く、まさにフットボールのための場所といった感じだ。

 

ポータブルTVの周囲に集まったコーチ達はプリメイラリーガ(ポルトガル1部リーグ)のハイライトを見て、今晩の練習予定を相談していた。私はというと、この廊下を過去に歩き、すぐ近くの部屋で眠っていたであろう選手達のことを想像せずにはいられなかった。スポルティングにはかつて、ポルトガル代表で最もキャップを重ねた二人の選手が所属していた。クリスティアーノ・ロナウドルイス・フィーゴだ。両者は共にバロンドールを受賞し、チャンピオンズリーグを勝ち取り、国内リーグとカップのタイトルの獲得数はおびただしい程だ。この施設内には二人の肖像画などがいたるところに掲示されている。

 

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[数多くの名選手を輩出してきたスポルティングのアカデミーだが、フィーゴ(左)とロナウド(右)の存在は別格なのだという。]

 

このアカデミーでゴールキーパーコーディネーターとして働くミゲル・ミランダは言う。「メッシとは突然変異的な存在なんです。世代に一人しか生まれない選手で、史上最高のレベルです。しかし、クリスティアーノが現在のレベルに到達するまでに行ってきたことは、常人にとって大いに意味のあるものです。彼が離島からここに来たときは、何も持たない痩せた少年でした。良くない習慣も身についていましたし、相手ディフェンダーに突っかかることも多かった。しかし今では彼は完璧な選手、ビーストになりました。我々は彼をこのアカデミーにいる全ての選手にとっての模範として扱っています。彼は現在の地位に辿り着くまでに、あらゆることを犠牲にしてきたのです。」

 

6面あるピッチをミランダと話しながら見て回っている間、私はあることに気付いた。ボールが何度も何度もウィングの選手に素早く送られ、ウィングの彼らは対面のフルバックへドリブルを仕掛けるように促されている。クリスティアーノフィーゴ、ナニ、クアレスマ…。我々は常に特別なウィンガーを輩出してきました。コーチは中央の選手達にはタッチ数の制限を設けてサイドへボールを展開するよう指導しますが、ウィンガーにはタッチ数の制限は与えずチャンスを作るよう指導します。」ミランダは語ってくれた。彼が言うには、このアカデミーが持つ『管理された選手ではなく自由な選手を育てる』という歴史があるから、国内の優秀なウィンガー達がこぞってここにやってくるのだという。

 

「我々が輩出した選手のうち10人が2016年のEUROではポルトガル代表に入りました。そのうち8人は決勝戦のスタメンに名を連ね、うち5人がアタッカーです。さらにそのうち2人はウィンガーとして出場しました。私達は選手がピッチ上に自由に自分自身を表現することを好みます。クリエイティブな少年が大好きです。」

 

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[EURO2016決勝に臨んだポルトガル代表の選手達。赤い円で囲んだ選手は全てスポルティングのアカデミー出身者。さらに、交代出場したリカルド・クアレスマジョアン・モウチーニョも同アカデミー出身。]

 

スポルティングポルトガルで初となるアカデミーを開設したのは2002年。ベンフィカポルトのアカデミーと同様に一貫して4-3-3システムを用いている。しかし、コーチは全員が“実地視察”のために様々な場所へ行く。バルセロナのラ・マシアやアヤックスのデ・トゥコムストはもちろん、才能の原石を輩出し続ける南米にも足を運び、どのような指導が行われているのかを見て、そこで得た知識を吸収しようとしている。

 

U-16チームの練習中、ある選手が20ヤード(約18メートル)ほどのパスを続けて失敗した。彼はその直前に相手選手を3人かわして25ヤードものミドルシュートを決めていた。私は冗談めかして、彼はここで最高の選手か最低の選手か分かりませんねと言った。するとミランダは顔をしかめながら「彼はもう見込みの無い選手だ。彼の肌、足を見てください。彼の体はもう完成してしまった。本気で言ってます。私達は3カ月ごとに子供達に身体検査を行っています。その子は必要なレベルに達していませんが、成長は止まっています。我々は肌に出来たニキビや膝など関節の成長具合をチェックしています。」と答えた。

 

ミランダは続ける。「もしも年齢に応じて定められたスタンダードを下回るパフォーマンスをする選手がいて、その子の肉体の成長が止まっていた場合、私達はリリースします。我々は成長の止まった15歳よりも痩せこけた不格好な選手を好みます。繰り返しになりますが、クリスティアーノはパーフェクトな例なのです。私達は彼に14歳でプロになってもらおうとは思っていませんでした。20歳の時点でプロとしてプレイしてくれることを願っていました。」

 

アウレリオ・ペレイラはクラブのユース採用部門で長らくディレクターを務めてきた人物で、フィーゴパウロ・フットレシモン・サブローサジョアン・モウチーニョ、セドリック、リカルド・クアレスマ、ナニらの発掘・獲得に関わった。しかし、ロナウドはクラブにとって別格の存在なのだという。70歳のペレイラは若きロナウドの思い出を、目を輝かせながら語る。強さと速さを身に着けるために、足に重りを付けて路上を走る車を追わせたりしていたそうだ。

 

「遠くの場所から選手を獲得するとなると、出来るだけ早くアカデミーに来させることが目的になります。我々はいつか大物になるであろう若者の人生を変えようとしているのです。それぞれの長所と短所を見分け、それを練習に反映させます。」ペレイラは言う。

 

スポルティングは選手ではなく、成長しようとする人に関心を寄せる。トッテナムに移籍する前、スポルティングに8歳の頃から所属していたエリック・ダイアーはかつてそう語っていた。スポルティングというクラブは人を礼儀正しく尊敬できるように育てることに誇りを持っているんです。パスを失敗したくらいでは絶対に叱りませんが、他人に対して敬意を欠いた行動をしたときは叱ります。このクラブが考える良い選手とは、ミスをしたことを理解し正すことのできる者のことです。初めてイングランドに来てプレイしたとき、コーチがミスをした選手を責め立てているところを見ました。彼らは文字通り試合中ずっと選手に何かを言っているのです。ポルトガルでは、コーチはベンチに座ったまま何も言いません。僕たち(選手達)はただプレイをすればいいんです。ミスをしたとしても、そこから自力で学びを得るのです。こっちの方が競技への理解が深まりますよね。私にとって同じミスを2度してしまうことが悪い選手のサインです。」とダイアーは言う。

 

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[スポルティング所属時代のエリック・ダイアー]

 

一人一人の選手が日々の生活を幸せに送れるようにすることはクラブにとっても大きいことだという考えをミランダは強く持っている。「ここでは適切な食事と睡眠を重要視しています。規則正しい生活は選手としてのパフォーマンスにも大きな影響を与えるのです。そして、ピッチ上で良いパフォーマンスを出せた選手は人生におけるチャレンジにも前向きになれます。人として成長することは、とても大切なことです。」

 

ロナウドの成功は彼自身の人生を物語るものだが、フィーゴのそれも同様だ。彼は様々な経験を通して成長し、今では五か国語を流ちょうに操り、経営するバーとレストランはポルトガル中に展開している。ストップ結核パートナーシップ(結核患者への慈善活動)への支援を行いながら、インテルが展開するチャリティ事業でも重要な働きをし、FIFAの会長選にも挑んだ。

 

 

 

依然として憮然とした表情のウェイターに向かって“boa noite”(ポルトガル語で「おやすみなさい」の意)と声をかけてアカデミーを後にした。ロナウドなどポルトガル代表のEURO制覇に貢献したアカデミー卒業生達のサインが入ったTシャツが掛かる場所を通り抜ける。ここから世界中に広がるプロ選手、ヨーロッパ王者、そしてバロンドール受賞者の姿は、『努力、ひたむきさ、献身、栄光』というクラブが掲げるモットーの賜物なのだ。

世界中へ才能を出荷するベンフィカアカデミーで過ごした一日(The Guardian)

最近3年の間で下部組織出身者(Bチーム含む)を売ったことによって得た移籍金収入は2億3千万ユーロ以上。世界最高の育成機関とも称されるベンフィカのアカデミーを取材したAlex Clapham氏の記事がGuardianに掲載されていましたので、今回はその記事をざっくり訳しました。元記事はこちら。同氏によるスポルティングCPアカデミー取材記の翻訳はこちら


マンチェスターシティのエデルソンを見てください。彼がここに来たときはファヴェーラ(スラム街)出身の単なる選手で、臆病すぎてペナルティボックスを飛び出すことも出来ませんでしたよ。それが今ではプレミアリーグで最もリスクを冒せる選手になりましたね。ベルナルド・シウバも同様にトップクラスの選手です。我々は過去に彼をモナコに売却しましたが、その数週間後にはテレビの中でフランス語を話していましたよ。彼が良い例ですが、このクラブは少年達に生きるためのスキルを与えているのです。」

 

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[2017年夏、共にマンチェスターシティに加入したベルナルド・シウバとエデルソン。二人ともベンフィカの下部組織出身。]

 

こう話すのは、ベンフィカのU-15チームの監督を務めるルイス・ナシメントだ。場所はテーガス川の土手、ベンフィカが誇るカイシャ・フトボル・キャンパスだ。

 

2006年、エウゼビオという人がこのフットボールセンターを開設した。そこには国外からも65人の少年達が集まって寮生活を送っている。ピッチは9面を備え、ドレッシングルームは20部屋、講堂は2つあり、世界最先端のジムが3カ所。選手を360度囲んだパネルの明滅とブザーに応じてボールが射出され、それをコントロールしてから指定された的に蹴り返す360Sシミュレータという装置が設置されているラボもある。そこで選手達はテクニックの向上に努め、映像分析を受け、栄養学や心理学のテストも行われる。このシミュレータはドルトムントが使い始めたことでよく知られるフットボーナウトのようなものだが、ベンフィカが使用しているのはパネル上にロボットのような選手の映像を流すこともできる。若い選手達は10フィートの中でボールをコントロールし、動く的に向かって蹴ることによって反応速度、視野、実行精度などを測るのだ。

 

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[ベンフィカのアカデミーで使われている360Sシミュレータ。パネルに映る画像は練習メニューに応じて変わり、技術、認知など様々な分野を鍛え上げる。]

 

ナシメントは語る。「ユース年代というのはベンフィカにとって非常に大切な分野です。競技成績においても、社会的にも、経営的にもね。私達は“トレーニング”に限った話を選手達にすることはありません。“教育”にも触れるようにしています。選手達の学業成績もモニタリングされていますし、全ての年代で勉強を頑張るよう指導しています。全ての年代の選手達に一定の技術水準と教育的な部分での成熟を保証することがミッションです。ファーストチームへ上がることに集中するとともに、尊敬、責任、団結、正義、寛容といった人としてのバリューも伸ばしていきます。」

 

 

 

U-15の選手達が練習場にやってきた。すると、全ての選手達がオフィスに来ては私と握手をしていくのだ。彼らはみな「こんにちは」と挨拶をしてくれた。中には少し頭の薄くなった警備員をからかうことに熱心な子もいたが、どれも楽しいものだった。ここが特別な場所であり、来られたことがいかに幸運なことかを思い知った。そして、こういった若者たちが感じていることがどれほどスペシャルなものかを想像した。

 

このクラブには高水準のリスペクトがある。スタッフとはファーストネームで語り合い、キッチンで働く人と冗談を言い合い、清掃員のためにドアを押さえてあげているのだ。ベンフィカが選手売却クラブとして評判を高める中で、若手選手達はクラブがしっかり面倒を見て成長させてくれることを分かっている。昨シーズンの終わりにはベンフィカU-21に所属する54人もの選手がプロ契約のオファーを受けたが、出て行く選手によって得た金はアカデミーへと投入されていく。最近3年間でベンフィカはアカデミー出身の選手を売却することによって2億3千万ユーロ以上の収入を得てきた。

 

ベンフィカというクラブにはユース組織からポルトガル2部で戦うBチームへ上がるという確固たる成長ルートがある。現在のBチームにはアカデミーの卒業生が16人所属している。彼らは(ユースの試合よりも)タックルが強く、試合中の汚い駆け引きも満載で、勝利こそが全てという大人のリーグで戦っている。ベンフィカのアカデミーでは“勝つための成長”というモットーが明確に機能している。カイシャ・フトボル・キャンパスをオープンした2006年以降、彼らはスポルティングポルトといったライバルクラブをユースレベルの大会で上回ってきた。

 

U-13チームから一貫して4-3-3を用いることで、10代の間に特定のアイデアを浸透させる。フィジカル的に成長していない子を守るために、またはより大きく強い相手にチャレンジさせるために異なる年代のグループでプレイさせることも珍しくない。13歳の頃から選手達は7時間ほどを練習施設で過ごし、そのうち90分から120分は“ラボ”にいる。そこで彼らは心理学、生理学、栄養学、理学療法、映像分析、そして360Sシミュレータでの練習に取り組む。

 

夕方の練習が始まる前にもU-15の選手達は私に今日2度目の挨拶をしてくれた。ピッチ脇にコーチの一団が陣取っていたのだが、その横には運動生理学者とフィジオセラピストがいて、各年代のチームを担当する映像分析官が練習と試合の様子を撮影している。たった一つのキックすら漏らさないようになっているのだ。

 

選手達と手がヒリヒリするほどのハイタッチを交わしたことで私は一つ発見をした。ここには本当に多くの選手達がいるのだ。U-13から上の年代では、それぞれのスカッドはゆうに3チーム作れるくらいの選手を抱えている。この戦略によってクラブは国内のいたるところから優秀な選手を惹きつけることができ、それだけでなく選手間の競争意識も作ることができる。全ての選手がチームメイトとユニフォームを争うのだ。彼らは子供だが、無慈悲な競争者を育てる環境に置かれている。

 

34人の選手が準備を終え、運動生理学者とのウォームアップをこなすと、コーチのナシメントが呼び寄せて練習メニューを発表する。アカデミーでの勤続年数が10年以下のコーチはおらず、道徳的な部分と信頼はしっかり築かれているけれども、練習が始まって12分ほど経ってからナシメントが見せた姿は“気の良いおじさん”とは程遠いものだった。そこにあるのはディティールに拘り抜き、選手がうんざりし始めた後でも40分も練習のやり直しをする男の姿だ。

 

カップ戦まで二晩しか残されていない中で、ワイドのエリアからの攻撃について練習が行われた。ウィングが片方のサイドで数的優位を作ってからサイドチェンジをしたり、ウィングバックのオーバーラップを使ったりするものだ。プレイや動きのタイミングがきっちり定められた練習で、全てのタッチ、パス、動きに完璧さが求められる。

 

練習を一通り終えた後、選手達はセンターサークルに呼び戻された。7分ほどの話し合いを経て、再び各自のポジションに戻っていく。続いて展開されたのは、コーチが想像していたのとほとんど同レベルの完璧なプレイだった。ディフェンダーをやっつけてからクロスに合わせるストライカーや3対2を作り出す高速カウンターなどボスが目指してきたものを選手達は表現した。クオリティは格段に向上したが、自動化されるまでさらに練習は続いた。

 

「選手達からベストを引き出すためには、彼らから信頼を得て、『今、何をしているのか』と『何故、しているのか』を理解させなければなりません。私は現在指導している選手が子供だった頃から見ていますから、どこを刺激すればいいかを分かっています。水曜日の対戦相手は最終ラインに6人の選手を投入しコンパクトな低いブロックを作るチームです。リスクを冒せる者が必要なのです。」とナシメントは一日の終わりに語ってくれた。

 

「私達は選手個人の人間の部分にたくさんの時間をかけて働き掛けてきました。そして、映像分析はそれぞれの選手に自己批評をさせます。責任をしっかり理解し、集団のために犠牲心を持てるようになり、人として正しい姿勢を身に着けてから、我々は選手達をチームという環境の中で扱い、試合に勝つ術を伝えるのです。」

 

これこそが鍵である。一人の人間として学び、成長し、それから若者達は試合に勝つことの重要性を教わるのだ。

 


 

 <訳者追記>

【過去3年間でベンフィカが行った主な下部組織出身選手の取引】

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※移籍金の単位はユーロ。